第10話 スナイパー追跡2

 5月7日 08:06


 猛スピードで銀色のオートバイが街中を疾走している。自動運転車の間をかいくぐりオービスを光らせ、交差点を曲がるたびに路面にはブラックマークがくっきりと刻み込まれた。


 「元とはいえ軍人の私がしていい運転では無いですね」


 笹原は独り言のつもりで言ったが、通信しているのでもちろん深山に聞こえていたしそのことは彼女自身も自覚はしていた。


 「大丈夫だよ君の違反データは逐次削除しているから」


 「そういう問題ではないような...」


 「その割には楽しそうな声だけど」


 深山が茶化す。


 「そんなことは...! もう間もなく常磐ビルです。私の視界とリンクしてください」


 無駄話もそこそこに彼女は運転に集中した。深山もそれ応じて目を同期させる。


 「あぁ、あのひときわ背の高いビルだね。上からなら確かに議会庁舎は見えるかもしれないがピンポイントで頭を打ちぬくとはね」


 深山は本当に感心しているようだった。


 ビルに近づくにつれてその高さが実感をもって感じられる。


 その時ビルの向こうでオートバイ特有の流線型の特徴的なフォルムがちらと見えた。しかしかなり遠くだったので深山ははっきりと捉えることが出来なかった。


 「あれか...?」


 深山が語をつなぐより早く、視界が急激に加速される。


 「うわ、なんだこれ!?」


 視界をリンクさせていた深山が驚く。


 「私の義眼の機能です。解像度は落ちますが32倍までズーム可能です。それよりもあの黒のオートバイでしょうか、背中にゴルフバッグのようなものを背負っているように見えますが」


 「あぁほぼ間違いなくアレだな。追跡してくれ」


 「了解」


 彼女は応えるとふたたび全速で走り始めた。


 深山も彼女のGPS信号を追ってかなりのスピードで追っていたがやはり機動性で劣るのかなかなか追いつけないでいた。


 「そのペースだとおそらくすぐに追いつくだろうけどあまり近づきすぎないでくれ。追跡していること自体が感づかれるのは構わないが変なアクションを起こされると厄介だ。追跡してはいるがなかなか追いつけない風に走っていてくれ」


 彼はターゲットが沿岸方面に進路をとったことを確認しながら笹原に指示を出す。


 「わかりました」


 深山の言う通り彼女はすぐに追いついた。着かず離れずの距離を保って走り続ける。


 「今回の追跡の目的はスナイパーの確保でもAWG209の奪取でもない、移民解放戦線の構成メンバーの一人の端末にハッキングすることだからね。この組織は基本的に端末を付けていない移民で構成されているからネットをたどってもなかなか中核へ入り込めなかったんだ。だから無駄な戦闘はしなくていいよ」


 深山はくぎを刺すように言った。もちろんこのことは彼女も理解しているので特に異論をはさむことはしなかった。


 「とりあえず車体番号からあたってみよう。オートバイのシートレールの下あたりを拡大してもらってもいい?」


 彼女は眼のピントを合わせてズームした。フレームに刻み込まれた車体番号を読み取り運輸局のデータベースにすぐさまハッキングを仕掛けて照合する。


 「やっぱりだめか、盗難車だ」


 「持ち主は分かったのですか?」


 「わかったがこの持ち主が先週盗難届を出している。となるとバッテリーの交換も非公認のスタンドでやっていたんだろうな。もしくはアジトで充電していたんだろう」


 「ではやはり直接接触するしかありませんか」


 「あまりやりたくなかったけど、そうだね。準備してくれるかな」


 彼女は無言をもって彼の指示を受け入れる。オートバイを自動運転モードに切り替えスロットルから手を離す。腰のホルスターから自動拳銃のようなものを取り出した。バレル及びスライドは銀だがグリップは黒で表面には滑り止めのために溝が切ってある。しかし拳銃にしてはマズルが細すぎた。


 「予備で3発込めてある。針型の弾丸には痛みで発生する電気信号をたどってSB端末に侵入するプログラムが組み込まれている。一番いいのはSB端末が埋め込んである頸椎付近だが、基本的には体のどこでも、とにかく感覚器官を刺激するところにヒットすれば良い。ただし足の先など皮膚が硬い場所に当たった場合は念のためもう一発打ち込んでくれ」


 「頸椎にあてて見せますよ」


 彼女は静かに、しかし自信を込めて言うと拳銃型の端末をオートバイのシートの上で構えた。道路は緩やかなカーブを描き、オートバランサーが作動して自然と内側に車体が倒れこむ。しかし彼女はそれをものともせず拳銃型端末をしっかりと両手で保持し、引き金を引きこんだ。


 その瞬間音もなく、電磁誘導によって加速された針がマズルから放たれた。針は一直線に飛翔し道路の曲率を貫くような軌道を描いたのち、前方50m付近を走るターゲットの首元に命中した。


 もっとも彼女は命中したかどうかを視覚で判断できたのではなく、ターゲットの男が一瞬体をビクンと震えさせ首の後ろ辺りを撫でたことで確信したのだが。


 「素晴らしい腕だ」


 深山が、もう笹原に追いつくことを諦め都内の国道をゆっくり走行しながら感嘆した。彼の隣の助手席に置いてあるディスプレイには要求のリジェクトを知らせるウィンドウが目にもとまらぬ速さで次々と表示されていく。画面の下ではプログレスバーが時々刻々とハッキングの進捗を知らせてくる。


 プログレスバーが右端に到着した瞬間画面に何重にもかさなっていたウィンドウがすべて消えて《SUCCESS》の表示が点滅して現れた。


 「成功した。“とりあえずは”奴の端末に侵入することが出来たよ...」


 深山は何やら話している途中で疑問を感じたのか少し歯切れが悪い。


 「どうかしましたか? 頸椎には確かに当たったと思うのですが」


 彼女は自分の射撃が上手くいかなかった為、なにか問題でも起きたのかと思って少し心配げに尋ねた。


 「いや大丈夫だ問題ない。確実に命中しているしハッキングも成功した」


 「了解しました。追跡を続行しますか?恐らく対象にはまだ気づかれていないと思いますが」


 「いやいい。今すぐ追跡を中止してくれ」


 「...了解しました」


 疑問はあったが彼女は大人しく従った。ほんの少しの間が、何故追わないんですか?と深山に聞いていた事は彼自身はっきりと感じていたが彼はそれを無視した。


 「次のインターチェンジで降りたらこのジャンク屋に行ってくれ。俺の名前を出してオートバイを処分してくれ、とだけ言えば後の事はすべて彼らがやってくれる」


 「このオートバイをですか?」


 「そうだ」


 「...了解しました」


 疑問だらけの指示だったが、彼の声音がいつもとは違ってかなり急いていたので彼女は何も聞かなかった。




              ◆        ◆        ◆



 5月7日 08:37


 笹原は深山から送られてきた地図データをもとにジャンク屋に到着していた。外観は錆が浮いたトタンが覆っていてところどころ穴が開いている。


 敷地内には廃棄された自動車のボディーなどがうず高く積まれており今にも崩れそうだ。隣にはふたの無いドラム缶が置かれており中で何かが燃えている。


 建物(恐らくは工場だと思われる)の中にはよくわからない機械が所せましと並べてあり、これほどまでにジャンク屋と言う名称がしっくりくる建物を彼女は知らなかった。


 「ここ...ですよね」


 彼女は入り口と思われる付近にオートバイを停車させ正真正銘の独り言を呟いた。奥の方ではツナギを着た背の高い男が何やら作業をしているが何をやっているのか彼女には判断が付かない。ゆえに声をかけて良いものか迷っていた。


 深山と共に仕事をするようになってからと言うものの、彼自身も含め今まで出会ったことの無い種類の人間と立て続けに出会っている為かどうにも勝手がわからない事が多い。転職の大変さを身をもって実感していた。


 しかしずっとそうしているわけにもいかないのでオートバイを押して敷地内に入る。男がこちらに気づいた。


 「売却?廃棄? 見たところ古いけどコイルまで弄って出力を絞り出してるね。売却かな」


 男はこちらに歩いて来ながらいきなり話しかけてきた。遠目で気づいていたが身長はゆうに190㎝を超えていて、日本人にしては彫りの深い顔をしていた。


 「いえ、廃棄です。処分してください。しょ...深山さんから頼まれて来ました」


 自分より大きな男性は士官学校で飽きるほど見てきたので怖じ気ずいた訳ではないが、無駄な会話をすると怒られそうな気がしたので要点だけを早口に伝えた。


 「ああ!聞いてるよ。そう言えばさっき雄哉からメールが来てたな」


 男が嬉しそうに手を合わせて答えた。後ろでまとめた長い髪が揺れる。数秒間気づけなかったが雄哉とは深山の事だろう。男は深山の名前を聞くとフランクに話し出した。


 「仕事でもミスったかなあいつ。まぁいい、承りました」


 男は彼女からオートバイを受け取り工場の奥の方へと押していった。


 「ちょっとその辺の椅子にでもかけといて!」


 男が工場の奥から彼女に叫ぶ。周りを見渡すと椅子はあったが全てに何かしらガラクタがのっていた。彼女はその中でも書籍がのっている椅子を選んで座る。どけた書籍は床に置くのも気が引けたため膝にのせておくことにした。


 「すまないね散らかってて。はいこれ」


 男は奥から戻って来て彼女にコーヒーを渡しながら言った。適当な椅子を選んで、上に載っているガラクタをポイッと投げて座る。


 「ありがとうございます」


 カップを受け取りながら応える。男の手は機械油で真っ黒だった。


 「しかし女だったのか、雄哉の新しい同僚は。しかもこんな美人...。いやね、この間仕事のパートナーができたってのはあいつから聞いていたけど、なんか強そうな人って言ってたからてっきり筋骨隆々な男だと思ってた」


 男はコーヒーを飲みながら饒舌に話し出す。話しぶりから深山とはかなり仲がいいようだった。


 「所長...いえ、深山さんとは仕事仲間なのですか?」


 「まぁそうとも言えるな。昔ちょっと縁があってな、それからたまにこうして仕事を受けてる。あぁ忘れてたけど俺はエリアスだ。少しドイツの血が入っていてな、これでも日本人だよ」


 「笹原です。よろしく」


 ファーストネームだけとファミリーネームだけのあべこべな自己紹介のあとしばらく沈黙が流れた。エリアスは気にしていない風だったが彼女にとっては少し気まずく、つい気になっていたことを尋ねてしまった。


 「深山さんがここに仕事、具体的には今回のような事を頼む時と言うのはどういった時なのですか?」


 追跡していたターゲットにプログラムを打ち込んでからの深山の指示は分からないことだらけだったし、エリアスが先ほど言った“仕事でもミスったかな”と言う言葉がずっと引っかかっていた。もしかしたら自分は何か重大なミスを気付かぬうちに犯してしまったのでは無いかと言う疑念が胸中に浮かんできたのだ。


 「所長でいいよ。そっちで呼び慣れてるんだろ。しかしこんな美人から所長と呼ばれてるなんてね...」


 エリアスは微笑と共にそう言った。後半は笑っていなかったが。


 「そうだな、端的に言ったらターゲットに自分を見られた時だな。見られるってもは物理的な意味もあるがほとんどネットを介しての事だ。その時使用していた、ここの場合は車と二輪がほとんどだけどたまにコンピュータを持ってくることもあるな、まぁそんなものを処分しに来る。今の時代誰にも気づかれずにモノを捨てるなんてことはできないからな、少し非合法なやり方で手助けしてやってるのさ」


 エリアスはすっかり砕けた口調で続ける。


 「あいつの仕事上、一度相手に気が付かれたらアウトだからな。その時自分と繋がっていたものはその都度処分しているみたいだ。それにこの5年で10回は引っ越ししてるんだぜあいつ。しかも今どこに住んでるのか俺は知らないんだ」


 「そうなんですか」


 彼女はなるべく平静を保って言ったが、心中ではいったいどこでミスをしたのかを必死に考えていた。しかし彼女とターゲットは接続していた訳ではないのにどこで足が付いたのか、いくら考えても全く分からなかった。


 彼女はその後エリアスと二、三言交わしたのち別れの挨拶をしてジャンク屋を後にした。ここから事務所まで歩けば一時間はかかるがシティコミューターを使う気にもなれず、逡巡したのち結局歩くことにした。


 彼女が歩こうと決心した瞬間、深山からメールが入る。近くの駐車場で待っているという内容だったのでそちらに足を向けることにした。指定された駐車場はジャンク屋からほど近い場所だった。



            ◆         ◆         ◆




 「お疲れ様」


 深山は彼女が助手席に腰を下ろしたのを確認して、コーヒーの入ったプラスチック容器を手渡しながら

ねぎらいの言葉をかける。


 「いえ、疲れたというほどでは...」


 ジャンク屋でコーヒーは飲んでいたのでもう要らなかったがとりあえず受け取りながら応える。


 「あそこからじゃ事務所は遠いと思ってね。デカかったろう?エリアスの奴」


 彼は笑いながら楽しそうに尋ねる。先ほどまでの急いた口調は見られなかった。


 「はい、とても。でも気さくな方でした」


 「あぁ良い奴だだよ。彼は」


 彼は呟くように答える。


 「あの、それよりも...何故あれ以上追跡しなかったのか、なぜオートバイを処分したのか教えてもらっても構いませんか?」


 彼女は聞かずにはいられなかった。声には幾分切迫した気持ちが混ざっているのを彼も感じたようで、


「あぁ、そうだね。実は今の今まで事後処理にてんてこ舞いだったんだ、それも含めて説明するよ」


 と、彼は車のメインジェネレータをオンにしながら言った。

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