第9話 スナイパー追跡

5月7日(金) 07:00


 翌日のニュースは早朝から西村議員が復帰後の議会への初登庁を中継するニュースでもちきりだった。登庁の数時間前から議会の前には大量の報道陣が詰めかけそこかしこでマイクを持ったアナウンサー達がカメラに向かって実況していた。マスコミのこういったところは前世期と全く変わっていない。


 「さすがにここまでカメラが多いとは思っていなかったな...」


 車の中で深山はひとりごちる。市原に情報をリークするようには頼んでいたが思った以上にマスコミの食いつきが良かったようだ。報道陣が大挙している場所から少し離れた場所に車を止めていた。


 「公衆の面前で暗殺されかかった政治家が再びカメラの前に姿をさらすんです。こんなものでしょう」


 隣に停めてあるオートバイにまたがりながら彼女が当然のように返す。端末を通信モードにしていた為彼の呟きが筒抜けだったらしい。


 「そんなものかな...。まぁ多いに越した事は無いか」


 彼はそう言うとあと数時間はなにもおこらないであろう現場を眺めながら大きくあくびをした。




               ◆      ◆      ◆



 「本当にこれでうまくいくのですか...? 正直な話あなたが雇っていると言う外部のハッカーを私はまだ信用できていないのですよ」


 メガネの男がいぶかしげに尋ねる。


 「それも無理はないでしょう。しかしながらもし仮に失敗してもあなた方には直近のリスクは無いわけです。ここは私たちに任せてください」


 市原が諭すように言った。両者の鋭い目つきがぶつかる。


 「それはそうですが...。先生はともかく秘書の私は現場に向かわなければならないのです。疑り深くもなりますよ」


 「おっしゃる通りです。ですからこの防弾チョッキを着てください。万が一銃弾の直撃を受けても肋骨骨折程度で済みます」


 秘書の男はぞっとした表情を見せたが腹をくくったのか手渡された防弾チョッキを身に着けた。一見すると少し厚手のベストにしか見えないが衝撃が来ることを予測し一瞬で膨らんで着用者の身を守る優れものである。もっとも一度膨らんでしまうとまともに体を動かせなくなるため実戦ではほとんど使われておらず、警護業務専用ではあったが。


 「では行きましょうか。準備はすべて済ませてあります。あなたがすることは議員の“カタチ”をした人形の頭が吹き飛ばされても動じない事だけです」


 市原が事もなげに言う。秘書は一瞬びくりとしたが頷きをもって返す。この男は見かけによらず怖がりなのかもしれない、と市原は心の中で思った。


 秘書と共に西村議員の邸宅を出て、黒のセダンに乗り込む。秘書が重厚なドアを開け後部座席に乗り込むと隣には西村議員―ではなく生体アンドロイドが鎮座していた。


 「しゃべりませんよ。“それ”は」


 秘書が後ろで驚いているのを感じて市原が補足説明をした。


 「わ、分かっています。ただあまりにもリアルなもので...」


 「そうでしょう。用意するのに結構手間取りましたよ。まぁリアルと言っても見た目だけですがね」


 市原はまるで誇らしげに自慢するように言った。実際に苦労したのは彼の部下なのだがあえて言わなかった。


 「受け答えは...」


 「できません。人工知能は入っていませんからね。表情パターンも微笑しかインプットしていません。今回に限って言えば不要な機能ですから」


 秘書がかなり複雑な表情をしていたが市原はそれを無視して続ける。


 「人工知能の代わりに頭にはセンサーを埋め込んであります。胴体にはうちのハッカーが作成した射撃ポイントを特定するプログラムをインストールした計算機が搭載されているだけであとは歩行機能だけです。議会の前に到着したら貴方が先に降りてアンドロイド側のドアを開けてください。そうすればアンドロイドが勝手に降車します。その後もし銃声が聞こえたらあなたは姿勢を低くしてその場から離れてください。なに、手はず通りやれば問題ありませんよ」


 走行中にもかかわらずほとんど外部の音が聞こえない車内で市原が一息に説明する。


 「わかりました...」


 空調が効いているはずの車内で秘書の手は膝の上で固く結ばれ震えていた。さすがに気の毒に思ったが気の利いた慰めが思い浮かばなかったため市原はそれ以上何も言わなかった。




             ◆        ◆         ◆



 08:00


 「来たみたいだ笹原君。用意して」


 先ほどまでシートをリクライニングしてあくびをしていた深山がガバッと体を起こして笹原に告げる。それに応じて彼女はオートバイのスタンドを跳ね上げメインジェネレータをオンにした。細く高い駆動音が鳴る。


 「あの陰湿役人いっちょ前に助手席に座ってやがる」


 深山が毒づく。彼女にももちろん聞こえたが応えている余裕はなかった。


 《来ました!西村議員を載せや車が今、ゆっくりと議会庁舎の前に現れました。中の様子は...うっすらとしか見えませんが西村議員が確かに乗っています。あ、今報道陣に向けてかすかに笑みをこぼしたように見えました!≫


 激しくフラッシュが明滅し各局のアナウンサーが一斉にカメラに向かって話しかけている。警備員が車の周りをかなり余裕をもって取り囲んでおり近づくことはできないが、数十人が一斉に車に近づいてきて現場は騒然としていた。


 《今停まりました。西村議員を乗せた車がいま議会庁舎の正面で停まりました。議員は相変わらず微笑をこちらに受けています。余裕の表れでしょうか≫


 報道陣が警備員と押し合いしながら議員が降車した瞬間を狙おうと押しかけている。議員が座っている側のドアは庁舎への入り口側を向いているため正面からカメラを向けられないようだ。


 《秘書の方でしょうか、その方が車から降りて西村議員のドアを開けようとしています。いま西村議員が降車しました!。報道陣に向かって車越しに笑顔を――――≫




 その瞬間、血しぶきが舞った。


 車越しから見えていた西村議員を模したアンドロイドの首から上は綺麗に吹き飛び脊椎を丸出しにしながら真っ赤な血を噴出していた。体が車にもたれるようにゆっくり倒れていく。銃声が遅れて聞こえてきた。


 その場の時間が一瞬完全に制止する。フラッシュは止み、誰も声を発しない。否、発することが出来なかった。


 誰かの、狙撃だ!と言う声をきかっかけに現場の時間が動き出す。方々からは悲鳴や怒鳴り声が一気に発生し警備隊すら完全にパニックに陥っていた。


 報道陣も含めその場の全員が一斉にちりじりに逃げ出す。



 「よし!やはり初登庁を狙ってきたか」


 深山は不謹慎な喜びを口にしながら助手席に置いた端末にデータが送られてくるのを今か今かと待っていた。ディスプレイがぱっと光り首から上が吹き飛んだアンドロイドから(正確には胴体の計算機から)地図データが送られてくる。


 「常磐センタービルだ!出口が表と裏、それと非常階段の計3つある。どれから出てくるかはわからないからすべてをチェックしてくれ!」


 「了解!」


 笹原はビルの名前を聞くや否や後輪がスピンするのもいとわずアクセル全開で駆け抜けていった。端末を通して思考音声で深山から指示が飛んでくる。


 「おそらくターゲットは長物を背負っているはずだ。ライフルとはいえAWG209は10億だからね。逃走の邪魔になるからと言って投げ捨てたりはしないだろう」


 「逃走手段は?」


 彼女が手短に尋ねる。かなりのスピードを出しているため思考音声とはいえ最小の単語で会話がしたいのだろう。


 「自前で何かしら用意しているだろうね。十中八九、二輪車だ。君も今実感していると思うけど町中を一番早く駆け抜けるためにはそれが一番だ。自動運転のリース型シティコミューターはありえない。公共交通機関はログが残るからね。」


  彼は口早に伝えると自分もターゲットを追って車を発進させた。

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