第40話 宝石箱

魔法使いが宝石箱を落とした。

 そんな噂が月迷町を騒がせていた。

 魔法使いの宝石箱。

 魔法に関わるものならば自分の手にしてしまいたいものだろう。

 魔法の素人ならかかわり合いになりたくないものであろう。

 「なんでも、一つ一つの宝石に異世界の一つがまるまる入っているらしい」

 「なんでも人の魂が封じられているらしい」

 「なんでも魔獣の召喚石だとか」好き放題の憶測が流れていた。それこそまるで宝石箱の中を散らばしたような。

 「何なんでしょうね。魔法使いの宝石箱の中身」

 「あんた興味あるの?」

 「いやー魔法には近寄らないようにしてるんで。早くこの騒動収まってくれないかなーっと」

 「まぁ、一般人はそんな感想だろうね」

 「魔法使いって宝石でなにをするんですか?」

 「いろいろさ。魔力を貯めておいたり、召喚術の時の対価にしたり。でもま、一番はあれかな」

 「あれとは?」

 「単なる鑑賞」

 「へ?」

 「そんなもんだよ」

 「そんなもんですか?」

 しばらくすると宝石箱の噂は囁かれなくなった。

 宝石箱が見つかったのか、奪われたのか、そもそも宝石箱を落としたという話の真偽は?謎は謎のままである。

 まるであの噂話自体がある種の宝石だったみたいだ。この夜の箱の中できらめいた形のない光。魔法使いが落としたのはそんな宝石だったのかもしれない。

 だとするとこの町自体が魔法使いの宝石箱といえるのかも。そんな風に思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る