第35話 複写屋

レジで財布を出したとき違和感を覚えた。

 (あれ?確か二千円あったはずなんだけど。千円しかない)私は少しおかしいなと思ったがその場はそのまま支払って後にした。

 私はそんな話を勤め先の魔法使いに話した。

 「ただの思い過ごしじゃないか?君レシートとか取って置いて帳簿付けるタイプじゃないだろう」

 「それはそうですけど」

 「ところで君、ちょっと用事を頼まれてくれないかな」

 「なんでしょう?」

 「複写屋に行って絵巻物を受け取ってきて欲しいんだ」

 「複写屋?」

 「詳しいことは後で教えてやるよ。住所はこの紙に書いてある」私は住所の書いてあるメモ書きとお金をもらってその場所に向かった。

 複写屋は夜道辻の四つ角の一つにあった。

 「ごめんくださーい」扉を開けて中にはいると店主が「いらっしゃい」と言った。本屋の多いこの町に珍しい作りの店で写真館のようだった。

 私は用件を言って絵巻物を二本受け取った。

 先生は後で教えると言っていたが気になったのでここの店主に直接聞くことにした。

 「あの、複写屋さんって何をしている仕事なんですか?」

 「おや、お知りでない。まぁ、そうでしょうな。最近は複写技術も向上しておりますしわざわざうちを使うお客様も少なくなりました」そうして店主が話し出した内容は奇妙な物だった。

 複写屋はその名の通り文章や絵などをコピーする仕事なのだが、そのやり方が変わっている。

 なんでも、オリジナルを半分に割って確率上五分五分の物を作り出すとか。だから複写屋でコピーした物は半分は存在し、半分は存在しない、確率上の存在になるのだという。しかし、こんな方法でコピーしていったい何の価値があるのだろうか?誰がこんなサービスを望んだというのだろう?謎は深まるばかりだが、とにかくそんな商売が不思議と成り立つのがこの町なのである。

 「例えばさ、魔術師が作る契約書なんかをコピーするんだ」と先生は言った。

 「過去に作られた稀少な契約書だと偽物を作るのは至難の業。ならば本物そのものを増やしてしまえばいい」

 「でも確率五十パーセントで存在しないんでしょ?」

 「契約を履行するときに存在すればそれでいいんだ」

 「失敗したら?」

 「逃げるだけ」とは魔法使いの先生の談。

 しかし奇妙だ。

 半分の確率で存在したり、しなかったり。そんな物が出回っているとしれているなら契約書にどれほどの意味があるのか?

 「もしも、お金をコピーしたらどうなるんです?」

 「模造品ではない本物のコピーができる」

 「それじゃ大儲けじゃないですか」

 「そうともいえない。複写屋で複写するのにはすごいコストがかかる」

 「複写屋さん自体がやれば儲けは一人じゃないですか」

 「複写の技は職人技だ。一枚一枚丁寧にやらなきゃならん。一万円札を一枚複写するのにかかるコストが五万円もするんじゃ割に合わない」

 「なるほど・・・だから契約書とかの換えの効かない書類を複写するんですか」

 「まぁ、な。でもま、金に困った見習いが禁を破って金をコピーすることもあるかもしれん」

 「その場合はどうなるんです?」

 「もとより不安定なものだからな。どちらか一方が消えて一つに戻ろうとするだろうな」そこで私はピンときた。

 「もしかして私の千円が消えたのって」私たちは顔を見合わせた。

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