第31話 旅行カバン

職場の同僚が長期の休みを取った。私の職場では珍しいことではない。長い間夜が続くこの町では定期的に長期の休みを取って太陽の光を浴びることが推奨される。

 「今度の休みはどうするんだ?実家にでも帰るのか?」すると同僚は笑顔でこう答えた。

 「旅にでるのさ」といった。それを聞いて驚いた。その同僚は旅にでるような奴ではなかったからだ。休みには家にこもって本を読む。典型的なこの町の住人であった。

 不思議に思ってどういう事かと聞くと不思議な話をしてくれた。

 この間の古本市で奇妙な物を見つけたという。それは茶色い旅行カバンだった。

 本ばかりが並ぶ場所には不似合いだったので興味を引かれた同僚は店主にいわれを聞くとこれは魔法のカバンだという。

 なんでもカバン自体が記憶を持っていて、旅したときのことを話してくれるというのだ。それはおもしろいと同僚はそのカバンを買って帰った。

 そしてその夜のこと。早速カバンを前に話始めるのを待った。五分が経ち、十分が経ち一時間が経った頃、これは店主に化かされたと思って、カバンを放って本を読むことにした。その時、カバンの中身を見てみようと思ったらしい。たとえ騙すにしてもカバンを売り物にして本の一冊も入っていないと言うのは月迷町の流儀に反する。それにまだ開けるというのはまだ試していなかったと思ったからだ。

 チャックを引きカバンを開いていくと。

 「やっと、開けたね。ふー空気がうまい」とカバンがしゃべりだした。

 「さて、どんなお話が聞きたいのかな?」それからはめくるめく冒険のお話が小さい下宿に広がった。

 ボウバクとした砂漠に沈む銀の町。水上に浮かぶ人工の都市。星星をわたり宝石を探す仕事。

 「私はそんな話しに夢中になってね。聞いているうちに旅に出たくなったんだ」話をしているときの彼は頬が上気して目がキラキラトしていた。

 数日後、彼は旅に出た。

 そんな話を知り合いの魔法使いにすると。

 「珍しい物があったもんだ。そりゃ九十九神だろう」

 「物が年月を経て精霊が宿るって言うあの?」

 「ああ、しかし、そのカバン、妙だな」

 「どう変なんですか?」

 「そんな奇妙な冒険、普通はないだろう」まぁ、それは私も奇妙に思っていたところだ。

 「魔法使いと一緒に旅でもしたのかね」だとすると。彼を魅了したような話の旅は体験できないだろう。

 「ああ、もしかしたら」と魔法使いが言った。

 「もしかしたら、あれかもな」

 「あれとは?」

 「あれなら奇妙な冒険に説明が付く」

 「いいから教えてくださいよ」私が言うと、つまりなといって続けた。

 「持ち主の夢を記憶して話してくれるカバンだよ」

 「それってつまり」

 「彼が旅先でいい夢が見れるといいな」と魔法使いは結んだ。

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