第21話 傘

「降ってきましたね」と私はマスターに言った。

 「傘はお持ちですか?」と言われたので「ええ」と答えた。

 今日は雨が降ると分かっていたので雨がやむまで小説を読むと決めてこのカフェに来たのだ。

 雨の夜長の読書。この町での贅沢の一つと言っていい。

 さぁーと雨が降る音が集中力を上げて小説世界に没頭させる。外の世界の音がどんどん希薄になる。

 読んでいるのは長編ミステリ小説だ。

 癖のある登場人物たちがそろい、舞台となる館の曰くが語られ、さぁ事件が始まるというところだ。

 「ふぅ」とコーヒーを一口。その時カランと扉が開く音がした。この店に人が来るのは珍しいと思っていると私の向かいにその人物は座った。広い店ではないがなにも見える場所に座らなくても、と思ったがその人物の格好を見ると考えを変えた。

 黄色いコートに茶色の帽子、年のころは三十、そしてあることが目を引いた。顔に傷があったのだ。そこで私はピンときて店を出ることにした。

 「お会計お願いします」

 「もうお帰りですか?」

 「ええ、思ったよりも面白いので家でじっくり読もうと思いまして」

 「今日はお客さんひとりだから貸切でしたのに」私はさっきの席を見た。案の定、誰も座っていない。

 「ええ、そうですね。せっかくですが。雨の日くらいは使ってやんないとかわいそうですからね」私は傘を取って店を出た。そうして広げる。開いた傘には大きな傷が一つあった。

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