第10話 箱と猫

「猫箱」というものがこの街の本屋にはたまに飾られている。

 この街では猫は益獣だ。それを店の中に置くことでご利益を得ようという考えらしい。

 これはいわゆるお守りなのだがやや奇妙な来歴がある。

 いわゆる「シュレーディンガーの猫」から着想を得たという。

 この箱の中には猫がいる。

 それがどんな猫なのかは誰も知らない。

 だからそれはどんな猫でもあり得る。

 霊的な存在であったとしても、あらゆる可能性の猫がその箱が閉じられている限り存在する可能性がある。そんなこじつけだ。

 由緒正しい本屋はそういうのをお守りにはしない。逆に怪しげな店はそういうものを置いている。なのでこれのあるなしはちゃんとした店かそうでないかを見極める指標になる。

 「猫箱があるか」ふらりと立ち寄った店には奥の方に猫箱があった。三十センチ四方の立方体。木製で黒く塗られていた。

 おいてある本も案の定、魔術書ばかり。どうやら魔術師向けの本屋だったらし。

 しばらく本を見ていると、ガコン、と音がした。行ってみると猫箱が淡い光を放っている。なんだと思っていると店主らしき人がやってきて「おお、生まれたか」と言った。私が見ているのに気付いた店主は「これはお騒がせを。すいません」と言った。

 店主は箱の周りで光っている霧状のものに紙を向けて何やら呪文を唱えている。すると霧状の光は紙に吸い込まれていった。

 「ふぅ」と一息する店主。どうやら彼は魔術師だったらしい。一段落ついたらしいので私は「何なんですか?」と聞いた。

 「人工精霊ですよ。猫のね」と店主は言った。

 「人工精霊?」

 「箱の中に猫がいる。という認識が何年も降り積もるとそれ自体が魔力を持って形を得ようとするんです。そういうのを魔法使いたちは使い魔にするんですよ」ということは猫箱は使い魔の卵みたいなものなんだろうか。

 「全部ではないですよ。ただの空の箱を置いておけば出来るというものでもないのでね。魔術師がやってる本屋はついでに使い魔づくりをしてるくらいですよ。それにしても」と店主は続けた。

 「お客さんは運がいい。猫箱が開く瞬間に立ち会えたんだだから。伝承では猫箱が開くときに立ち会うと箱の中の猫はその人をマスターと認識するとかなんとか」そなものだろうか。

 結局、その店では何も買わず、そのかわり野良猫が集まる空き地に行った。そこには猫たちが数匹くつろいでいた。私は常備している猫の餌を彼らに与えた。

 なーなーと鳴く彼らを見て、やはり猫は生身が一番だと思った。

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