第2話 月を売る男の話
二、三日前から月が見えない。新月が続くことはそうないこの町ではやや変わったことだ。
そんなわけで町ではこんな噂が流れている。
月を盗んだ奴がいる、と。
荒唐無稽な話もこの町ならあり得る。
月のない夜は一日くらいならいいが二日三日と続くと妙に寂しくなる。そんなときであった、あの男が現れたのは。
「月を買わんかね?」男は三十代見えたがやや年齢不詳気味だった。まだ若いようにも見えるのに年寄りみたいな話し方をする
「もしかして、あんたが月を盗んだのか?」と私がいうと男は困った顔をして「実は私にも出所がわからないのです」といった。詳しく聞くとこの男も誰かから月を買ったらしい。
「どうして月なんか買ったんですか?」と聞くと「月明かりの下で本を読むと内容が明晰に理解できると聞いたので」とのことだった。それを売るということはその話がデマだったかこの月が偽物かということだろう。
「いくら?」私はこの怪しげな月に興味を持った。
「一万円です」なかなかのお値段であるが、月を買うと思えばやすいもの、なのか。
「この月についてほかにおもしろい御利益の話はないですか?」酔狂で買うにはやや高い、話のネタになるようなものならば私も歓迎だ。ちょうど小説のネタに困っていたところだし。
「そうですね。日本酒に入れると切れ味が増すらしいです。あと酔うほどに頭が冴えるとか」なるほどそれはおもしろい。日本酒は好きだし早速試してみよう。
私は一万円を払い月を手に入れた。
月は野球のボールくらいの大きさで純白だった。ほのかだが自ら光ってもいる。なるほど、確かに月といえる。
しかし、これではコップに入らない。杯でも使おうか、と考えていると月をうっかり手からはなしてしまった。すると月はひゅーーと空に上っていってしまった。
その時、空に月が戻った。
私は男をみたがすでにいなくなっていた。
月を盗んだのは彼だったのか、日本酒の味が良くなるのかは結局謎のままだ。
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