第75話 マッチ棒
「ほら、もっと頑張らないと」
吐息のような声。近づいてくる。汗ばんだ匂いが立ちこめる。
「俺が先に好き、って言っちまうけどいいの? 言い始めたら止まらないぞ」
「ぁ、あ、待って……」
ルロイのいたずらな手が、ほどけかけたガウンの腰紐をゆるく引っ張っている。
「待てない。今すぐ言う。いっぱい言う。そうしたら何するか分からないぞ? ほら、言うぞ? 止めて、っつっても止めてやらねえからな?」
「ゃ……」
「時間切れ。もう我慢できない」
ほんの少し、余計に力を入れて引っ張っただけで、シェリーのガウンの肩が、はらりと滑るようにしてはだけた。
ぞくりとするほど淡い、白い肌があらわになる。
ルロイは下からシェリーの下着姿を見上げ、ふと、餓えた獣めいた舌なめずりの笑みを浮かべた。
下唇を舐めて、湿らせながら。指先で下着の端をひっかけるようにして、わざときつくつまみ、ひっぱる。
「全部破っちまう前に脱いだほうがいいな」
「あっ、えぇ、そんな」
「シェリーの全部が好き、昔のシェリーも好き、今のシェリーも好き、そうやってもじもじしてるときの君も好き」
ひとつ好き、を言うたびに、シェリーが身につけている下着をつるんと剥ぎ取ってゆく。
「ぁっ……あっ、ひどい……」
「それから、真っ赤になってる君の、聞こえないぐらい小さな声でもらす吐息も好きだし、本当は分かってるくせに、って意地悪に思いたくなるぐらい、あれこれ斜め上にじたばた頑張ってる時の君もたまらなく好き。笑い声も好きだけど、泣き声も嫌いじゃないし、怒ってるときの君の声もぞくぞくする……ほらほら、俺ばっかり好き好き言ってるじゃないか。おとなしくベッドで寝てるふりしてる間に頑張って攻撃しないと返り討ちにされちまうぞ?」
「そうでした、のんびりしてる場合ではなかったのでした」
抱き寄せられていた状態から解放され、何とか自由に動けるようになると、シェリーはルロイのおなかの上にぺたんと座ったまま、手探りでルロイの顔を探した。
が、座ったままではどうにも手が届かない。
仕方なくうつぶせで本を読むみたいにして眼を近づけ、上から覆いかぶさるようにして、両手でぴと、とルロイの顔を手挟む。
「これ、ほっぺたですよね」
「うん」
さわさわと触れて手触りを確かめる。
「これは唇」
指先で、つ、と紅をひくかのように触れる。
「ふぉ、ドキドキしてきたぁ……!」
「ええとそれから、あれは……あれはどこ……? やっぱり暗くてよく見えません……」
シェリーはルロイの鼻先に顔を寄せるようにしながら、髪を手で梳き、首筋にまで指をまさぐり入れた。ルロイが声を引きつらせて笑い出す。
「この体勢、めっちゃヤバいんだけど。ゾクゾクする」
シェリーはゆっくりと深呼吸し、息を整え、眼を閉じた。
顔の傍らに両手をつき、腕の中にルロイを捉え、真上から見下ろす。
やはり、よく見えない。
ただ、ルロイの、ごくっ、と喉を鳴らす音だけが聞こえた。
「行きますよ」
唇を寄せる。ルロイの呼吸が自然と乱れ、荒くなってゆく。吐息が肌をかすめる。髪が揺れる。
「う、うん……?」
「ふー」
「ふひゃあ!?」
三角の耳に向かって、ふ、とほそく息を吹き入れたとたん、ルロイはすっとんきょうな声をあげ、身体をびくんと跳ね上がらせた。
「あ、ひゃ、ひゃああ!? あ、あ、あああ思ってた場所と違うーーー!」
「ふっふっふー」
「あ、あひゃ、待って確かに耳を攻められると弱いけど! ぁ、あ、でもさすがにこれは襲うの意味が違……あああ!」
「ふーふー」
「くすぐったぁあ、ひゃあああもうダメだ!」
ルロイは耐えきれずじたばたと身をよじった。笑いながらベッドを何度も尻尾で大きく掃く。
「そっちがその気ならやり返すよ? やり返していい?」
「ぇっ、だめです、ふっふっふー」
「いいや、ヤる」
ルロイの手が肌を這った。即座に捕まえられ、首筋に甘噛みのキスが押し当てられる。
「……ぁ、あっ……やぁんっ……ひどいです……邪魔しないでくださ……!」
思いもよらぬところに触れられて、びくりと腰を震わせる。
「シェリーこそ、もっと恥ずかしくていじわるなことをしてくれる約束だったじゃないか」
「そんなことは言っていません……!」
「じゃあ、何の邪魔したっていうんだよ」
シェリーは眼を瞬かせ、顔をうつむかせた。両手で顔を覆い、頬をひとりでぽぅっ……と赤らめる。
そうする間にも、全身に、ルロイの手と吐息と身体とが絡みついてくる。
「それは……ぁ、あ、ううん……いじわる……!」
優しい手。荒々しい手。触れられて。揺り動かされて。
ゆるり、ゆらり、白い影が踊っている。まるで古い船に乗せられてでもいるかのようだった。木のきしむ音。波が船べりを打つような甘い水音。絶え間なく聞こえ続ける風の吐息。身体じゅうが熱っぽく潤んでゆく。
「待って、ください……まだ、先に……その……棒を……」
「もう欲しい?」
「じゃなくて……ぁっ……ぁ……わたしが先に……ぅうん……!」
まるいふくらみのかたちが、水をたたえた袋のように波打って揺れる。
シェリーは声をかすらせ、火照った声をあげて眼をうるませた。皮肉な指先に転がされているだけで、全身がゆるんでとろとろに溶けそうになる。
だが、今は、いいように弄ばれている場合ではない。
汗みずくの真っ赤な顔で、ぶるぶるとかぶりを振る。
からかうのにも飽きたのか、ルロイは肘をついて上半身を起こした。シェリーを見つめる。
「棒の出し方、分かった?」
「ぜんぜん分かりません」
息が完全に上がりきったまま、まだ胸にこもる熱情の気配すらおさまりそうもない、というのに。
月影すら落ちぬ暗闇の部屋に、しんとためいきをこぼす。
さっきから必死に頑張ってうんうんと力をこめているのに、どんなに気合いを入れてみても、パンをこねる棒どころかマッチ棒程度のものすら出てこない。それどころか身体の自由を利かなくされてばかりで──
「しょうがないな。コツを教えるよ。まずはちょっとでいいから腰を持ち上げて」
「はい……ぁっ……あ、あれっ……?」
「そう、それでいい」
「えっ、あの、いけません……っ、ルロイさん……の……ハートを奪うまで……絶対に……ぁ、あっ……っ?」
「ロデオって知ってる?」
「ぇ……?」
いきなり、シェリーの身体がふわっ、と宙に浮いた。
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