第73話 棒の出し方を教えてください
開いた口がふさがらない、とはこのことだ。ルロイは頭がくらくらしてくるのを覚えた。ぽかんと立ちつくす。
「はい?」
「わたし、その、いっつも、ルロイさんに好きって言っていただくばかりで、自分からルロイさんに申し上げるようなことがなかったから、だからルロイさんのこと、こんなに好きなのに大好きって気持ちをなかなか面に出せなかったんだと思います」
「え、そうなんだ。いつも、その、すごく、何というかアレのときアレだからてっきり俺は」
「いいえ、そうなのです!」
シェリーは力いっぱい頭を振る。
「つまりはこういうことです。今までのわたしは、羊みたいにルロイさんに心を奪われるばっかりで、自分からルロイさんの心を奪いに行っていませんでした。だから、もう二度とシルヴィさんに取られたりしないよう、今から、狼らしくルロイさんを奪います。二度と自分の気持ちを隠したりしません。なので、ルロイさんも、わたしと一緒に村の外へお引っ越ししてください」
「あ、なるほど出て行くってそういうことか」
ぽむと手を打って得心する。が、ルロイは、しかしすぐに眉をひそめた。
「うむむ? ちょっと待て。引っ越しはいいけどシルヴィが何。やっぱちょっと何か勘違いしてんじゃないか」
「していません」
シェリーはきっぱりと断言する。
「わたしは今日からルロイさんにふさわしい情熱の狼になるのです。ですから、まずは」
ハンカチをいそいそと折りたたみ、三角の山を二つ繋げたかたちにして、はちまき代わりにきゅっと結ぶ。
「これで耳はできました」
「耳!?」
「あとは尻尾です。今度、毛糸をふわふわさせて作ります」
「尻尾!?」
「と、それから」
両手をぎゅっと握ってから、いかにも狼ふうに爪を立ててひっかくかたちに変え、ますますルロイに迫ってくる。
「ルロイさんみたいな棒の出し方を教えてください」
「棒ーーっ!?」
ルロイは思わずたじたじとなる。冷や汗が吹きだした。
「あの、ええと、ちょっと待って。あのさ、シェリー、やる気になってくれてるところ申し訳ないんだけど、人間は満月になっても発情しないし、それに、えっと、人間じゃなくても女の子に棒は」
「大丈夫です。頑張って出します」
「うぐぐぐ。待て、待て待て、ちょっと落ち着け。引っ越しするんだろ? そっちを先に考えたほうがよくないか? えっと、そうだな。山のふもと近くに、昔、人間が住んでた空き家がある。そこならきっと」
「了解です。明日の朝、下見に行って、そのまま引っ越ししましょう。では、今度こそ棒を出す方法を教えてください」
「真面目に考えようと思った俺が馬鹿なのか!?」
「いいえ違います。とにかくここは、わたしの顔を立てて押し倒されてくださいっ……えいっ」
シェリーは、力いっぱい、どん、とルロイを突き飛ばした。
「わ、わっ!?」
むろん――普段のルロイなら押されたぐらいでよろめくことなどあろうはずもない。
しかしルロイは情けない声を上げてのけぞった。ぐらぐらとベッドの横で身体をふらつかせる。最後の最後に、ルロイの手がシェリーを道連れにした。
「きゃんっ!」
二人そろってベッドに倒れ込む。ぽふん、と音を立ててクッションが跳ね上がった。ルロイがシェリーを受け止める。
「きゃあっ……! ううん、これしきのことであきらめたりはいたしません」
シェリーはぶるぶる髪を揺り動かすと、顔を真っ赤にして、ベッドの上をはいはいしつつ、ルロイを追っ掛けた。
「逃げちゃだめですっ」
「ま、まさか、本気か? 逃げるに決まってるだろ……ちょい、ちょっと待って、マジで、お、お、おちおちついてシェうわああ」
「逃がしません」
シェリーはルロイに上から飛びついた。しっかりと首に手を回して抱きつく。
「う……?」
馬乗りになって、動けなくしたところを、シェリーは真っ赤な顔でぐぐっと迫る。
「わたしだって……恥ずかしいんです。でも、ルロイさんが好きだから、こうしないといけないんです。狼になるには、どうしてもここでふんばって、発情もして、棒も出して、ルロイさんのハートを強引に奪っておかないといけないんです。がるるる」
「いや待ていったい誰からそんな素っ頓狂なことを、だからそれは違……うぐう!?」
シェリーは、掴まえたルロイを逃がすまい、と、さらに体重を掛けてルロイにのしかかった。
どう押さえつけたものかとまごまごしながら、何とかルロイの両手首を掴んで、ベッドに押しつける。
「え、ええと、こんな感じで……いいですかルロイさん。覚悟してください」
「う、……うん……?」
「もうすぐ狼になりますよ? ルロイさんのハートを……う、う、奪っちゃいますからね?」
「お、俺、マジでヤラれちゃうのか……!?」
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