第59話 「お昼はもう食べたかのう、じいさんや」 「誰がじいさんだ、誰が」
アルマの眼がいたずらっぽく輝く。発情したメス特有のぬめるような光。アルマは、ルロイの身体を上から下まで値踏みするように見ていた。それから、じっと目線を合わせて、見入ってくる。
「何を知ってるんだ」
ルロイは心がはやるのを押さえきれなかった。
「そんなに知りたい?」
アルマがうっとりと笑う。つややかに濡れた舌が、唇を舐めた。もの欲しそうな光がまたたく。
「教えてあげてもいいんだけどぉ……タダでは教えてあげられないかもぉ……?」
「よし分かった」
ルロイはすばやく頭の中で計算した。
「今度、俺がいのししを取ってきたとき、牙を二本ともやる。それと洞窟で拾った飾り石もやる。青い透明な石だ。それでグリーズに首飾り作ってもらえ」
「ううん……それでもいいけどぉ」
アルマはまだ不満そうだった。頬がむすっと膨らんでいる。ルロイはアルマの不満そうな顔と、グリーズの困惑顔とを見比べた。眼をしばたたかせる。
「あー……そういうことか」
やおら咳払いして、居住まいを正す。友を売るのはさすがにどうかと思ったが、背に腹は代えられない。
「グリーズ」
「何だ」
「アルマ、かわいいよな」
「!」
「アルマ、セクシーだよな」
「!!」
「アルマが他のオスに寝取られたら大変だよな」
「!!!」
「物足りないらしいぞ」
「!!!!」
「あふん。んん、あああん、ダーリンすごおいさっきの倍はすごい♪」
乗せられたグリーズが頑張り始めるのを見て、アルマはにこにこする。どうやら交渉成立らしい。
「で?」
ルロイが促すと、アルマは話し始めた。
「あの子の仕事が遅いのはねぇ、自分のだけじゃなくて、腰の悪いロギ婆ちゃんのために、ごはんの支度や、洗濯や、水くみなんかも全部、面倒みてやってるからなの。誰も気付いてないみたいだけどね」
ルロイは眼を瞠った。
「マジか。シェリーがそんなことをしてるなんて知らなかった」
「あの子、口べただからねえ」
「そうか。見直したよ」
「ふふん、またデレデレして」
「違う。見直したのはお前のほうだ、アルマ。やっぱお前は見る目があるよ」
「あら、恐縮だわね。でも、そういうとっておきの褒め言葉はシェリーちゃんに言っておあげなさいな。あの子の味方はあんただけだもん」
アルマはあまったるく微笑む。ルロイは深くうなずいた。
そのまま礼もそこそこに、グリーズの家を辞す。開いた窓の隙間から、けらけらと笑うアルマの嬌声が響いた。
「あんっ♪ ああっ♪ すごぉい♪ ダーリンったら世界でいちばんステキ……♪」
アルマが言ったロギ婆の家へと向かう。ドアを叩くも返事はない。苛立ってさらに強く叩くと、中から、しわくちゃの婆さんが顔を出した。
「あんれまあ、何だね。この騒ぎは。せわしないったら。もしかしてうちが火事かのう?」
「ロギ婆、聞きたいことがあるんだが」
ルロイは今にも噛みつきそうな勢いでロギ婆へと食って掛かった。
「はあ? 何か売りにでもきたのかねえ? すまんのう、最近、あんまり聞こえが良くなくってねえ。魚なら間に合ってるでな、また来週」
目の前でドアを閉じようとする。ルロイはあわてて足をドアの隙間に突っ込んだ。
「魚売りじゃねえよ。シェリーを探してるんだ」
「おや、パン屋だったかい。近頃は柔らかいパンしか食べられなくてのう」
「だから行商じゃねえってば」
「コショウなんてこじゃれたもんはワシャ使わねえでな」
「シェリーだ」
ルロイは、ゆっくり、はっきりと言った。
「シェリーを見なかったか」
「ああ、シェリーちゃんな。あの子なら、いつも世話になっとるでな。ええ子だ。ついさっき、洗濯物を持ってきてくれたわい。ほれ、ワシのぱんつじゃ。ハデじゃろ」
「見せなくて良い。それより、さっきっていつだ」
ルロイははやる気持ちを抑え、さらに訊ねた。ロギ婆は、何やらプルプルと小刻みにうなずいている。
「そうさなあ、あれは、いつだったか。お昼を食べる前だったかねえ……いや、そもそもお昼はもう食べたかのう、じいさんや」
「誰がじいさんだ、誰が」
ルロイは地団駄を踏んだ。ロギ婆の話は、うねうねと曲がる森の小径のようで、じれったいにも程がある。
「冗談じゃ。つい十分ほど前に来たぞい。荷物を届けに来てくれたわ」
ロギ婆はしれっと答えた。
「今日は、皆が狩りから帰ってくる日だから、わしのことは気にせんと、思う存分ルロイに甘えたらええ、と言ってやったわ。何やら浮かぬ顔をしておったからのう」
ルロイは返そうとして、言いよどんだ。ロギ婆はおだやかな口調を変えずに、訥々と続ける。
「まさか、お前さん……何かあの子にひどいことでも言ったんじゃあるまいねえ?」
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