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第53話 黒のバルバロ


「で、いきなり押しかけて何の用?」

 シルヴィの顔はこの上もなく渋い。

「こっちは忙しいの。あんたたちの面倒なんか見てらんないの」

 つけつけと言い放って、提げ緒のついた山刀をつかみ、腰背のベルトに吊る。シルヴィの足にくっついた妹たちが毛玉のような顔を順繰りにのぞかせた。

「ねえさまはいそがしい」

「ルロイは面倒ごとばっかり持ち込んでくる」

「すこしはねえさまのきもちもわかって」

「そういうこと。あたしだって暇じゃないんだ。寄り道してないでさっさとアドルファーのところに行きな。伝えたあたしの立場がないだろ。ほら、どいたどいた」

 シルヴィはルロイを尻尾で追い払った。ふん、と肩をそびやかせたかと思うと、そのままきびすを返して部屋から出て行こうとする。

 ルロイはその後を追いかけた。

「待てよ、シルヴィ。お前、何でシェリーに余計なことを吹き込んだんだ」


 シルヴィは振り返りざま、足を蹴り上げた。見事に的へ命中する。

「ああああ!?」

 ルロイは悶絶する。

「いいい、痛てえ。何しやがんだ」

 うずくまってうめく。妹たちが憐憫の眼差しを垂れた。

「ルロイ、いたそう」

「ルロイ、つぶれそう」

「ルロイ、じごうじとく」

「ふん。ざまーみろってんだ。あたしがあの子に何を言ったかなんて、あんたの知った事じゃないでしょ」

「だから、理由を言えって言ってんだよ」

 ルロイは股間を押さえながら情けない声で哀願した。とりつく島もないシルヴィの背中を眼で追いかける。

 シルヴィは腰に手を当て、つん、と形の良い胸を反らした。

「だから、なんでそれにあんたが口を突っ込んでくるのさ。おかしいだろ。牝どうしのいさかいに牡がちょっかい出すなんてダサい真似はやめな。そんなことをすれば、村でのあの子の立場が悪くなるだけだから。文句があるなら、あの子が直接あたしに決闘を申し込んでくるべきだし。喜んで挑戦を受けてあげる。できるものならね」

 軽侮の笑みをにじませ、短く息をつく。

「こんなこと言いたくないけど。あの子、何て言われても、狼に睨まれた羊みたいにおどおどして、へらへら笑ってばっかりで。自分では全然言い返せないんだ。あんた、ああいうのが良いの。人形みたいな、何言っても逆らわない子が」

「おおかみににらまれたひつじ」

「にんぎょうみたいなひつじ」

「なにいってもさからわないひつじ」

 妹たちが輪唱する。

「シェリーは人形なんかじゃない」

 ルロイは妹たちを睨み付けた。あわてた妹たちが顔を引っ込める。

「ルロイの顔こわい」

「ルロイの顔こわい」

「ルロイの顔こわい」

 妹たちを睨んでも後味が悪いだけだった。ルロイは視線をそらし、むすりと息をついて黙りこくった。

 シルヴィの黒い目が押し殺した光を放つ。


「じゃあ聞くけど。あの子に何ができるの? ひとりで森に入ることもできない。鳥を捕まえる罠を仕掛けることもできない。食物倉庫にねずみが出た、って逃げ出してくる。洗濯物のかごも重くて一人じゃ担げない。あの子だけよ。荷物が重くて持って帰れないものだから、ばかみたいに何往復もしてるのは。薪だって水だって、まとめて運べなくて。おもちゃみたいな手桶もって、何回も何回も水くみに行ったりして。一回で済ませられるように力つければ済む事じゃない」

 シルヴィはにべもない。

「あんたは毎日へらへらして、発情して、でれでれ鼻の下を伸ばしていればそれで満足なんでしょうけどね。とろくさいあの子を見せられてるこっちは、マジでいらいらすんの。あの子の何がいいの? 何の取り柄があるの? ただでさえうっとうしいのに、あの子はよ。村に迷惑かけるかもしれない人間をわざわざ拾ってきて、何がしたいの。どこがいいのよ、あんな子の」

「シェリーの悪口を言うな。今はそんなこと訊いてない」

 ルロイはシルヴィの言葉を遮った。

「俺は、何で、シェリーにを言ったのかと聞いてるんだ」


「いつまでそうやって人間に尻尾を振り続ける気だ」

 冷ややかな罵声が浴びせかけられる。

 振り返る間もない。いきなり誰かに背中を蹴られ、壁に叩きつけられる。

 くずおれたところを、心臓の上から踏みにじられた。

 肺の空気がふいごのように押し出される。呻き声が洩れた。息ができない。

 何とか身体を起こそうとした、その喉の傍らに、冷たく光る剣の切っ先がどかりと突き立てられる。背筋が凍る。

 頭上に、黒いコートを羽織ったバルバロの姿が見えた。

 荒々しく乱れる髪も、眼の色も、尻尾も、すべて黒。

 その首にはバルバロの王位をめぐって行われた血闘の勝者を示す、金の牙の形をしたチョーカーがかかっていた。

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