第48話 泡

「シェリー」

 思わず手を伸ばす。

「はい……きゃっ?」

 急に振り向いたせいで、シェリーの頬に、ぽてっと白い泡がつく。

「きゃっ、泡、あわっ!?」

「ごめんごめん。やっぱりいたずらしたかったんだ」

「んもう、ルロイさんったら。だから言ったじゃないですか。こんなことしてたら時間に間に合いませんよ……」

「大丈夫大丈夫」

 ルロイは笑った。

「ちゃんと弁えてる。よけいなことはしない」

「絶対?」

「うん。絶対」

「絶対ですよ? ホントに、ホントに絶対ですよ? あ、何でそこで眼をそらすんですか」

「気のせいだって。俺ってそんなに信用されてない?」

「信じてもいいんですね?」

「大丈夫大丈夫。ほら、泡の付いた服を脱がせてあげるから」

「あっ、あれ……そんな、だめですってば……お約束が……」

「いいよ、そんなの後で。俺も手伝うから」

 ルロイはあっけらかんと笑ってシェリーを抱き寄せた。


「あんっ、泡だらけの手で触らないでくださいって言ったじゃないですか……」

「どうせ全部脱がすからいいんだよ」

「ちょっ……ちょっと待って……あ」

 まるで、ゆでたまごのように、つるん、と。

「脱がされちゃいました……」


「膝に座っていいよ」

 弱り顔のシェリーを横座りにして膝に乗せる。

「お膝はいけません……さっきの火傷が」

「そんなもん全然たいしたことないって。全然。ほら、スポンジ貸して」

 泡立たせたスポンジで、つ、つ、とシェリーの肌をなぞる。

「あんっ」

「綺麗な肌だ。どこもかしこも、真っ白」

「ぁ……あっ……」

 のけぞるシェリーの身体を片腕で支える。なだらかな身体の線にそって、ゆるやかに、すこしいじわるに、泡の螺旋を描く。

「ううん……くすぐったい」

 シェリーは頬を赤く染めた。ほっぺたに、ちょこん、と泡がくっついている。

「……ルロイさん……からかっちゃいやです……」

「おっと、あんまりじたばたすると、膝から落ちるよ?」


 シェリーの身体はどこに触れても柔らかい。

 肌が、手に吸い付く。

 泡のたっぷりと乗った肌のすべすべとした柔らかさを、ゆっくりと楽しむ。まるでクリームを絞るようだ。シェリーは、あえかな喘ぎ声をもらした。

 とろり、と、なめらかな泡が落ちる。

「ぁっ……」

 泡のせいで、ぬるり、と手が滑る。普段からすべすべと吸い付くように心地良い肌触りが、なおいっそう、そそられるようなたおやかさを増している。

「ぁうぅん……っ」

「そう、もうすこし、こっちに来て」

「んっ、でも……でも……」

「大丈夫大丈夫」

 シェリーは、いやいやと首を振り、吐息ごとルロイに身体を預けてくる。

「だ、だめです、そんなこと、しちゃ……ぁっ、あっ……」

「どうしてダメなんだ」

「だ、だってえ……」

 シェリーはせつない吐息を震わせた。

 半分泣きそうな顔で首をねじり、肩越しにルロイを見上げる。だがそのすがるような上目遣いが、狼の欲情に火をつける。

「その……お約束の、お時間が……ぁっ……」


 そんな眼で見つめられたら、耐えられるわけがない。ルロイはシェリーの耳元に唇を寄せた。ほんの少し舌を出して、ちろり、と耳朶を舐める。柔らかな身体が、ぴくん、と跳ねた。

「向こうが勝手に呼びつけてきただけだ。あんな奴、待たしておけばいい」


 だんだん耳朶を甘噛むだけでは、飽き足らなくなった。爪の先を肌に優しく食い込ませると、まるで獲物を手にかけているような心地になった。のけぞる首筋の白さが眼に飛び込む。

「ぁっ……」

 声が早くもうわずっている。

「……いけません……ちゃんと、出かける用意を……ぅぅんっ……」


 ふいに猛々しい本能が興奮となって滾り立った。


「ぁっ……あんっ……今日は……」

 ぷくぷくした白い泡に包まれるシェリーを、強く抱きしめる。シェリーはむなしく空を切る手で、ルロイを押しのけようとした。

「いけません……」

 だが、その手にはまるで力が入らない。シェリー自身は頑張ってあらがおうとしているのかもしれないが、実際はルロイに手を掴まれて、泡と一緒くたにもてあそばれているだけだ。


「何でダメなんだよ? 今日は、今日はって。さっきから。そんなに今日はイヤ?」

「……はうぅんっ……ううん……そうじゃなくて」

 シェリーは弱々しくかぶりを振った。

「だって……その……」

 シェリーは眼をうるませ、ルロイを見上げた。声が揺れている。

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