第47話 はだかエプロン

「いや、あの、これは水ぶくれじゃないから」

 ルロイは真っ赤な顔をさらに赤くしながら前を押さえた。タオルでくるまれているとはいえ、問題の患部は抑えようもないほどいて、もはやトレイごときでは隠すこともできない。


「あっ、さらに大変なことに気付いてしまいました」

「俺の下半身のほうがよっぽど大事件なんだけど。で、どうしたの」

「ルロイさんの服、全部洗濯してしまいました」

「と言うことは」

「お着替えがありません」

 ルロイは下半身の水ぶくれを見下ろした。タオルのフードを被った狼の賢者さまは、未だ意気軒昂として、怪気炎の狼煙を上げ続けている。

「それも大問題だけど、今の俺に比べたらそんなに大したことじゃない」

「すみません……」

 シェリーはためいきをついた。

「わたしったら、今日は失敗ばっかりです」

「そんなことないって」

「この後お出かけしないといけないというのに。急ぎの間に合いません」

「いっそ出かけずにこのままずっとシェリーと一晩中いちゃいちゃするという方法もあるけど」

「となると」

 シェリーは真面目な顔をして考え込んだ。ルロイの世迷い言など当然、右から左に聞き流しである。

「ぬるめのお風呂をお立てしますわ。ルロイさんのお背中を流している間に、服もきっと乾くでしょう」

「この状態で風呂とか、俺的にはよからぬ妄想しか沸いてこないな」

 ルロイは天井を仰いだ。

「でも、シェリーのことだから、本気で言ってくれてるんだよな」

「はい?」

「何でもないよ」

「では、わたし、服が濡れないよう、エプロンつけてきますね」

「裸で?」

「すみません。おっしゃる意味がよく」

「いや……分かんないままのシェリーでいいよ。心の眼が汚れてるのは俺だけでいい」

「そんな。ルロイさんの目、とっても綺麗です。わたし、大好きですよ」

「ますます心が痛い」

「たいへん。火傷、まだ痛みますか?」

「それはない」

「よかった。では、お風呂の準備をいたします」

 シェリーは、ルロイの背中を押してお風呂へと送り出したあと、引き出しを開けて、うさぎのアップリケがついた赤いエプロンを取り出した。




「ルロイさんのお背中、大きいですね」

「え、そ、そう?」

「座ってください。手が届きません」

 洗い場は、ぷくぷくの泡でいっぱいになっている。

 お風呂好きなシェリーのために、何日も掛けて石や木を組み合わせて洗い場を作り、目隠しのしきりを立てて作ったものだ。

 さっき沸かしたばかりのお湯をたらいに張り、水で埋めれば、即席お風呂のできあがりである。

「はい、どうぞ」

 シェリーはお風呂用の丸椅子を持ち出してきた。促されるままルロイは風呂椅子に腰を下ろす。


「ゆっくりなさっててくださいね」

 シェリーは背中側に膝を付き、中腰に座り込んだ。海綿のスポンジを泡立てて、くるくると丁寧に背中を洗ってくれる。

「ありがとう。気持ちいいよ」

 優しく触れてくれる手の感触に、ルロイは耳まで赤くして照れた。

「それは良かったです」

 手のひらに石けんの泡を足し、ぴん、と飛び出した耳にせっけんが入らないよう注意しながら、髪を洗い、尻尾まで洗ってくれる。

 その夢見るような心地にうっとりする。

 やがてシェリーの手は、肩から胸へと回ってくる。

「あ、いや、前はいいよ、自分で……」

 うろたえるルロイの言葉は気にも留めず、シェリーはゆるやかな手で泡を伸ばしてゆく。

 だが、すぐにルロイは気づいた。

 シェリーは、決してルロイの首筋に触れようとはしない。鎖のからまる首輪の下に、決して癒えない古い傷があることを知っているかのようだった。

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