第41話 「……お前みたいなケダモ……」

「もう」

 シェリーは赤くなった顔をくしゃくしゃにして、ルロイの肘をつかんだ。

「何言ってるんですか、ルロイさん。そんな訳の分からないこと言って、みなさんにご迷惑をかけないでください。ほら、一緒に謝りましょ? みなさまお楽しみのところを私事にてお騒がせいたしまして、誠に申し訳ございません」

「うう、まことにもうしわけございません」

 シェリーに背中を押され、ルロイはしょんぼりと肩を落とした。尻尾を巻き込む。


「シェリーちゃんに謝ってもらうことじゃない。悪いのはこいつだ」

 グリーズが苦々しい表情で手を振り、さえぎった。ルロイよりも頭一つ背が高い。野性的な容貌の多いバルバロには珍しく痩せぎすな体躯で、青灰色の髪をこざっぱりと短く刈り、鼻眼鏡を乗せている。


「そうだそうだ」

 皆が一斉にうんうんとうなずく。

「ルロイが悪いんだぞ」

「満月でもないのに盛りやがってこのエロ狼」

「さては違うところにばかり血が行って脳みそに血が回ってないんじゃないかアホ狼」

「満月と新月の違いぐらい気付けよ発情狼」


 やいのやいのと全員で責め立てられ、さすがのルロイもたじたじとなる。


「うるせー何が発情狼だ。てめえらだって一皮剥けばおんなじだろうが。こんな時だけ声を揃えやがって。俺は悪くないぞ」

「よく言うよ。ヨメが来てから毎日盛りっぱなしのくせに。水ぶっかけてやろうか」

「誰がだ。いくらなんでもそんなに年がら年中発情してるわけ……あっ」


 ルロイは、ばつの悪そうな顔をした。グリーズが苦々しく額に手を当てる。

「やれやれだな。お前には理性ってものがないのか。少しはヨメの身体を労ってやれ」

「うるせえ。俺にだって理性ぐらい……は? 何を労るって?」

 

 グリーズがルロイの黒い耳をぎゅっとつねって引っ張った。

「いてて、引っ張るなよ」

「いいか、馬鹿狼。話を聞け。やりすぎは悪いに決まってんだろ。考えてもみろ、毎晩毎晩……」

 全員でルロイを取り囲み、ひそひそと耳打ちする。

「……お前みたいなケダモ……」

「……一晩中やり……」

 グリーズの声がさらに低くなって、何を言っているのか聞こえなくなる。

「……たら、ロクに眠れねえで身体壊すに決まっ……」

「そうなのか」

 聞き終えたルロイが、気後れした表情でシェリーを振り返る。

「とにかく、無理は禁物。そういうのが一番ダメなんだ」

 グリーズはやけに何度もしつこく念を押し続けた。

「それにお前、この後、アドルファーに呼ばれてるだろう。余計なことを考えてる場合じゃないぞ。もしかしたら」

 ルロイはその名を聞いたとたん、鼻梁にきつい皺を寄せた。壮麗な白亜の城を憎々しげに見上げ、舌打ちする。

「あのクソうぜえ野郎のことなんか知ったことか」

 グリーズが表情を険しくしていさめる。

「止せ。その言いぐさはない。曲がりなりにも奴はバルバロの王だ」


 と、そこへ。

 どすどすと大地を揺るがす足音が聞こえてきた。巨岩を転がすような気配に、なぜか、その場にいた全員がうろたえ始める。

「おい、この音」

「まずいんじゃないか」

 全員の視線が、なぜか一斉にグリーズへと集中する。

 衆目の的となったグリーズは、やにわにあたふたと慌てふためいた。そそくさと挙動不審に後ずさってゆく。

「そそそそそう言えば俺にもこの後大事な用件があっ」

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