第39話 しっぽ大回転

 シェリーが村へ帰り着くころには、もう、とっくに昼の時刻を過ぎていた。

 山肌に添って削り出された白亜の城が、いつにも増して白く、目も眩むほどに輝いている。

 そこかしこから突き出した奇巌の尖塔。

 ふもとから頂上まで連なるつづら折りのきざはし。

 城の頂には、狩りの成功を慶するかがり火がいくつも躍っている。

 岩をくりぬいて作られた街は、北方の結び目紋様ダラケルティックを思わせる優美で、躍動的な自然の造形そのものだった。



 村の中央広場には、狩りで仕留めた、さまざまな種類の獲物が山と積み上げられていた。中にはもう既に半分以上食われて、骨だけになっているものもある。

 着飾って出迎えるバルバロの女たち。

 ごちそうを前にはしゃぐ子どもたち。

 滾り荒ぶる雄の匂いをただよわせた若者。

 血祭りの余韻に酔いしれる者。

 いきれの立ちこめた村の広場は、むせかえる喧噪に満ちていた。持ち帰った獲物が醸す血の匂いと、バルバロたちの気炎とが混ざり合って、ますます熱気が高まってゆく。


 シェリーは広場の縁で立ち止まった。人が多すぎるせいか、何だか怖じ気づいてしまって、皆の輪になかなか入れない。


「シェリー」

 遠くからうわずった声が響く。

「シェリーーーー!」

 邪魔な仲間を蹴っ飛ばして、ルロイが立ち上がった。頬に猛々しい茶と白の泥の隈取りを塗りつけた、部族の装いそのままの格好だ。

「シェリー、会いたかったーー!」

 大声で叫んだ後は手を振っている。シェリーは少しほっとした。

 さすがはルロイさん、こんなにすぐ見つけてくれるなんて何て目ざといんでしょう……と言いたいところだが。

 この反応の良さは、感心するというより、むしろ呆れるぐらいだ。


 ルロイは疾風のように走り寄ってきた。かと思うと、いきなりシェリーの前に立ちはだかり、通せんぼをするかのように両手を広げる。

「そ、そ、その荷物は、何だ?」

 今にも抱きしめたいのを我慢しているらしい。うずうずとこらえきれぬ様子で地団太を踏みながらルロイは尋ねる。

「洗濯物です」

 シェリーはおっとりと答える。

「ルロイさんがお出かけの間に、おうちにある服を、全部、キレイに洗っておこうと思いまして。それで、どうせなら他の──」

「そっかーーー俺のために洗ってくれたのかーーー!」

 相変わらず最後まで話を聞かない。そんなところもまた、いかにも普段のルロイらしくて、シェリーは押し切られるように微笑む。

「はい」

「優しいなーーシェリーは!」

 尻尾がぶんぶんと風車のように大回転しているのを見ると、シェリーは何だか自分までうきうきと楽しくなってくるように思った。

「ありがとうございます」

 頬を桃色に染め、わずかに身を退く。

「じゃあ、あの、わたし、これを干してきますね……」

「干すのか? 干せば良いんだな? 俺も手伝う。そしたらその後さっそく……」


「おい、ルロイ、取り分の分配がまだだろうが」

「ってお前また発情してんのかよ。満月はとっくに過ぎてんぞ」

 ルロイの背後から、仲間たちの野次る声が飛んでくる。

「はあ?」

 ルロイはいい加減なうなり声をあげた。

「そんなもんテキトーに取り置いててくれりゃいいし」

「てめえのカワイイ嫁に、柔らかくてうまい肉を食わせてやりたくねえんならな」

 げらげらと粗野な笑いが浴びせかけられる。

「スネの骨のカケラぐらいなら残しといてやるよ」

「ふざけんな。誰が一番多く仕留めたと思ってんだ」

 ルロイはぎろりと仲間を睨み付けた。かと思うと、しまりのない笑顔をシェリーに向けてでれでれと笑う。

「シェリー、先に家で待っててくれるかな。とろけるほどうまいところを全部ぶんどって来るから。そしたら二人で晩ご飯食べよう?」

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