第15話 やっちまった顔

 バルバロの森の中心に、彼らの国はあった。

 人にはとうてい足を踏み入れられぬであろう、険しい谷を越えたところに、山を巨大な鉈で断ち割ったかのような、岩窟の街が存在していた。

「うそ……」

 呆然と声を無くす。

 美しい街並みだった。

 今は月明かりに照らされ、薄青く染まっている。

 純白の岩肌を、おそらく長い間かけて、器用に削って作り出したのだろう、柱を作り、屋根を作り、窓をくりぬいて作られた無数の家が、階段状に立ち並んでいる。自然のかたちそのままに、崖の割れ目から巨木がのびていればそのままにして、木の上に平然と張り出すようにして足場を組み、家を建てていたりもする。

 めくるめく白亜の街。一番高い頂上には、美麗かつ豪奢、王の居城にふさわしい列柱立ち並ぶ宮殿が威光を放っている。山の水を引いているのか、そこかしこに水路が走り、緑の木々からは宿り木の蔦がそよぎ揺れる。今は暗いが、日が射せばきっと、きらめく噴水がしぶきをあげ、いくつもの虹の橋を架けるだろう。

 まるで、失われた古代神殿のようだった。

「綺麗です」

 シェリーは心から感嘆してつぶやいた。

 人間の都市は巨石を切り出し、木を組み上げ、土と色を塗って作る。窓をガラスで彩り、無数の明かりを灯す。何十年もかけて作る、人の手による人工の美しさだ。その美しさにも勝るとも劣らぬ、自然そのものが描き出す造形の美しさがここにあった。

「上の方は貴族ヅラした馬鹿が住んでるが、そいつらのことはほっとけばいい」

 ルロイは珍しく苦虫を噛みつぶしたような顔をして、頂上の城を見やった。

「俺は、こっちの下の方に住んでる」

 指差した先は、白の街のふもとに広がる、普通の村だった。


「こっちだ」

 ルロイは先に立って村を案内した。丸い広場を囲んで、建物が並んでいる。土と木と草の匂いがする、何の変哲もない素朴な村だ。そこだけを見ると、人間の村もバルバロの村も同じに思えた。

 中の一軒の前にルロイは立った。ごく普通の、ひなびた家だ。外から見ても小さな家だと分かる。だって、窓が二つしかなくて、二階もなくて、二階がないということはつまりホールがないということで、玄関はそのままのドアがぽつんと一つあるだけだし門もないし庭なんかあるようなないような分からない感じだし花も咲いていなければ馬もいないし──

「ここが俺の家だ」

 すぐに気後れしたふうに付け足す。

「狭くて悪いな」

「いいえ、そんな」

 シェリーはあわててかぶりを振った。まさか顔に出ていたのだろうか、と自分で自分をとがめる。民の暮らしを見て回る行幸の催しで、もし、そんな不作法な真似をしてしまったとしたら、あとで女官長にみっちりと叱られるだろう。


「しばらくここに隠れてろ。またあの兵隊どもが来るといけないからな。まあ、来ないとは思うが」

「ごめんなさい。ご迷惑をおかけして」

 シェリーは頭をさげた。

「いいって……って、何ジロジロ見てんだお前ら」

 ルロイはぐるりと勢いを付けて振り返った。当然のように、ぞろぞろと物見高く後ろからついて歩いてくる村の野次馬どもに向かって怒鳴りつける。

「見せ物じゃねえ。あっち行け。ついてくんな」

「だって心配するだろ普通! 人間なんか連れてきて、どうする気だよ」

「人間って言うな。失礼だろ」

「人間にしちゃ可愛いよな」

「めちゃくちゃ可愛いよな」

「見ろよ、髪ふわふわだ」

「……で、もう、つがったのか」

「つがうって言うな! 少しは言葉を選べ、うすのろどもが」

 ルロイは足元の石を掴んで投げつけようとした。

「あの顔は、やっちまった顔だな」

「大人になったんだな」

「やっとルロイも一人前の牡になったか。いやあ、よかったよかった。こいつ牝に誘われても全然発情しないし、興味ないとかスカシやがって。マジでそっち系かと思ったもんな」

「余計なこと言うな、馬鹿!」

 ルロイは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「馬鹿なことばっかり言ってねえで、人間の牝、じゃなくて女が住むのに必要なものを探して持ってこい。服とか、何か、その、女ものっていうか、とにかく女の子が使うようなものだ。俺はどうしたらいいか全然分からないんだから、お前らが持ってこい」

「あの、ルロイさん、そんな、お気遣いしていただかなくても」

「いいから人間は黙って俺の言うとおりにしろ」

 ルロイは照れ隠しなのか何なのか、とにかく声を荒らげ、怒鳴ってばかりいる。シェリーは言い返せず、おどおどとうつむいた。

「……は、はい……すみません」

「怒鳴るなよ。怖がってるじゃないか」

 他のバルバロが声をそろえてどやしつける。

「うるせえ。人間なんか、本当は村に入れたりしねえのが掟なんだから、ちゃんと言っておかないと……」


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