第16話 つがいになれ

 ルロイは少女が息を呑む音を聞いて、あわてて振り返った。

 少女は怯えた眼でルロイを見上げ、すぐに顔を伏せた。

 その膝が、寒さをこらえているかのように、小刻みに震えている。

 知らない場所で、バルバロに取り囲まれて。ふいに、気付いた。きっと、怖くて怖くてたまらないのだ。

「あんた馬鹿でしょ、ルロイ。そんな馬鹿みたいなことばっかり言ってるから、いつまでたっても馬鹿なのよ」

 野次馬を掻き分け、大股で近づいてきた女性のバルバロが、少女の前に立った。腰に手を当て、胸を反らして、挑むように少女を見下ろす。豊かな茶色の尻尾がふわりと揺れ動いた。

「馬鹿馬鹿うるせえんだよ、シルヴィには関係ねえだろ」

 年上のシルヴィにルロイはいつも頭が上がらない。ふん、と顔をそむける。

「あっそ。でもあんたに用はないから。ほら、おいで。妹たち」

 小馬鹿にしたような眼をルロイに向けて、シルヴィは後ろから付いてきていたバルバロの少女たちを呼んだ。可愛らしいワンピースを着た子狼の娘たちが、ころころと駆け寄って来る。

「はい、ねえさま」

 子狼たちは、少女の回りに集まった。小さな背格好、もふもふのしっぽ。まだちょっぴり丸い耳。

 彼女たちはそれぞれ、おさがりの服、毛布、手鏡、くし、あたらしいスプーン、食器、食べ物などを大量に抱えていた。それらを、きらきらと輝く目で次々に差し出してくる。

 突然のプレゼントに、少女は頬を赤く染め、顔を輝かせた。両手いっぱいに新しい服を受け取り、受け取り続けて、ついには多すぎて受け取りかね、ルロイを見やる。

「あんたが連れてきた人間なんだから、あんたがちゃんと面倒見なさいよね。余計な面倒を村のみんなに掛けるんじゃないわよ」

 シルヴィがぴしゃりと言う。尻馬に乗って野次馬がわいわい言い出す。

「そうだぞ。オスならちゃんと責任取れよな」

「発情したんなら、ちゃんと正式なつがいになれ。これは牡として当然の義務だぞ」

「えええええええ!?」


 ルロイが狼狽えている間に、少女は礼を言うためにシルヴィへと近づいた。

「ありがとうございます、シルヴィさん」

 シルヴィは立ち去ろうとした足を止め、苛立ったふうに振り返った。

「あんたに礼を言われる筋合いはないわ。あたしには、そこのうすらとんかちを監督する義務があるだけ」

 きつい口調だが、怒っているようには見えなかった。

「行くわよ、妹たち」

「はい、ねえさま」

 妹たちを引きつれ、シルヴィはふいときびすをかえした。少女はその後ろ姿に、ゆっくりと深いお辞儀をした。

「うすらとんかちは余計だ」

 ルロイは舌打ちした。

 だが、シルヴィを見送る少女の後ろ姿を見ていると、シルヴィの言うとおりだ、という気もした。


 確かに、不用意だったかもしれない。

 人間の兵に追われていた訳ありの少女を、追われていたからといって村に連れて帰ればどうなるか。今までは助けるのに夢中で何も考えなかったけれど、冷静になってみれば、結構、まずい、という気がした。

 たぶん、きっと、しばらくすれば怪我も治るだろう。そうすれば、追い出せばいい。

 ルロイはそう結論づけて少女を見やり──その表情のあまりの青白さに、ぎくりとした。

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