呪い

  




 夜風に吹かれながら、成子は琴の琴を 弾いていた。


「御簾の外で弾けばよいのに」

 ふいにそんな声が聞こえてきた。


 声を発しているのは道雅だが、彼にはない威厳があった。

 御簾を巻き上げ、神が現れる。


「音も姿も美しい。

 みなに見せねばもったいない」


 成子は弾く手を止め、神を見上げた。


「……貴方は私をご存知ですか?」


 そう問うと、うん? と神は成子を見下ろす。


「貴方は斎王、成子として、生まれる前の私をご存知ですか?」


「……何故、そのようなことを訊く?」


「私はかつて、神に捧げられる生贄でした。

 神しか愛さないよう、呪いをかけられ、子供の頃から。


 そんな私を哀れに思った私の祖母が私に願をかけてくれました。


 決して……


 二度と神を愛さない人生を送れるように」


 神は黙って、成子を見ている。


「貴方が私の神だったのなら、私は貴方を愛しません」


 呪いのない人生を――。


 そう婆は言っていた。


 目を伏せた神は言う。


「私を愛さないようにか。

 それもまた呪いだとは思わぬか、成子」


「そうかもしれません。

 でも、思ったんですが。


 ということは、私が愛さない人が、かつて私が愛した神だということですよね」


 なにやら、辺りで幾つかの気配が、ぴくりと止まるのを感じた。

 おや、外にも誰が居たようだ、と思う。


 どうやら、真鍋が夜回りをしていたようだった。


「……お前に愛されない者が、お前の愛した男とは。

 面倒くさいことを言ってくるな」

と神が文句を言ってくる。


 成子は少し笑って、続きを弾いた。


 御簾の隙間から、階の下に、怨霊入りの黒猫が居るのが見えた。


 神もまた、気づいているようだったが、ちらと見ただけで、特に咎めはしなかった。


 柱に背を預けた神が目を閉じ、言う。


「いにしえの話も。


 私が他の斎王を相手にするかということも。

 すべて言い訳だ、成子。


 お前が私を愛していない、それだけのことだ」


 目を開けた神は言った。


「だが、それは現状、そうだというだけのことだ。

 この先もかはわからないだろう?」


 神も人も、怨霊も、共に風に吹かれている。


 不思議な光景だな、と成子は笑った。









『……昔、強く何かを呪ったからだよ』


 そんな自分の言葉を思い出しながら、怨霊は成子の奏でる音を聞いていた。


 神がそこに居ても、何故か、今は、あまり気にならない。


 風に吹かれて、ヒゲが揺れる。


 怨霊猫は、目を閉じ、静かに音と風とを追っていた。







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