扇の女

 

 



 道雅たちを眺めていた成子は、

「ねえ」

と振り返り問うた。


 命婦は成子の視線を追い、自分に問うているのではないとわかったようだった。


 おのれの後ろを二度見しながらビクついている。


「貴女にとって、斎王とはなに?」


 女はこちらに向かい、頭を下げたまま、じっとしている。


「仕えるべきもの?

 斎王であればいいの?


 貴女たちにとって、斎王であるなら、誰でもいいの?」


 女は答えない。


 命婦は黙って、自分の後ろを見ている成子の表情を見ていたが、いきなり身を乗り出し、言い出した。


「人にとって、どうだかは知りません。

 でも、私にとっての斎王様は成子様だけです。


 成子様が斎王様だから、お仕えしているのですっ」


 言いながら、おのれの言葉を再確認しているかのように、命婦は熱く語り出す。


「……あ、ありがとう」


 命婦の剣幕に、一瞬、身を引いたあとで、笑ってしまう。


 後ろの女も同じようにして、笑っていた。


 顔を上げる。

 正面からこちらを見たその女の顔が、初めてはっきり見えた。


「そうですね。

 私にとっても、斎王様は、私のお仕えした斎王様だけです。


 私にこの扇をくださった斎王様だけです」


 そう微笑む。


「この者が、最も斎王様のお力にならなければいけない立場でありながら、いまいち頼りない気がして見守って参りましたが」


 あ、見守ってたんだ……と成子は苦笑いする。


「大丈夫なようですね。

 この扇は、この者に与えてください」


「そ、そう伝えておきます」


 喜ぶだろうかな、と思いながら、そう言うと、

「神にとっても同じだと思いますよ」

と恐らくかつての命婦は笑って、そう言った。


「斎王ならば、誰でも良いというわけではないと思います」


 それをお知りになりたかったのでしょう? と言う。


「今宵、神がお渡りになったとき、お確かめになるといいです」

 では、と女は手をつき、頭を下げる。


「成仏するの?」

と訊くと、

「致しません」

と顔を上げ、言う。


 ええっ?


「わたくしは、これからも、この頼りない命婦と斎王様を見守っていくことにします」


 あのとき、控えていた女たちの姿も成子の居室の奥にうっすら見えた。


 ひい……。


「それから、斎王様」


 ……はい。


「この神の宮で、成仏という言葉は禁句です」


 はい。

 つい、うっかりです。


「それから、斎王様」


 はい。


「……私の斎王様のときには、神はお渡りになりませんでした」


 え?


「以上です。

 では」

と言いたいだけ言って、女は頭を下げる。


 今のいにしえの命婦の言葉を思い返していると、

「それから、斎王様……」

とまた、消えかけたその姿が現れる。


 もう、もう勘弁してください……。




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