怨霊 弐




 私には、婆の涙の意味さえ、わからなかった――。




 





 なにをしているのだろうかな、この二人は……。


 翌日の昼、成子は御簾越しに庭を見ていた。


 道雅と怨霊猫が微妙な距離を取りつつ、あの井戸の周りを回っている。


 フシャーッ、と時折、怨霊猫がなにかを叫び、道雅が悲鳴を上げている。


 ……平和だな、此処は。


 悪霊とか、よくわからない霊とかいっぱい居るけど、とりあえず、平和だと、チラと斜め後ろを見る。


 命婦とともに、あの女の霊が控えていた。


 でも、あの夢の中のように、此処は悲しみに満ちてはいない。




 




「何故、逃げる、道雅」


 私が歌の心を教えてやろうと言うのに、と猫が道雅に訴えてかけてくる。


「お前、歌より成子を取ったな。

 あの計算高い神とやらに言い含められたのであろう。


 この痴れ者がっ。

 どうせ、成子をご相伴にあずかろうとか思っているのであろう。


 不埒な歌人め」


「ご相伴とかっ」


 その言い方おかしいですっ、と言いながら、道雅は怨霊の囁きから逃げようと、ぐるぐる井戸の周りを回る。


 だが、どきりとしていた。


 より甘美な響きを持つのが魔だと聞かされてきた。


 人が神よりも悪しきものに惹かれてしまうのは、間違っているとわかっていても、その囁きに抗えないからだと。


 だが、不思議なことに、此処では、怨霊の言うことの方が筋が通っている。


 ふいに、この怨霊の素性が気になった。


「あのっ」


「なんだ?」

と猫が言う。


「何故貴方は怨霊になったのですか?」


「……昔、強く何かを呪ったからだよ」


 だが、それがなにかは思い出せん、と猫は言う。


 強く呪う、か。


 それもまた必要な感情かもな、と道雅は思っていた。


 良き歌を詠むには、強い感情が必要なのかもしれないと思い始めていた。


 ……猫の指導の賜物かもしれないが。


 それにしても、どうも人間臭い怨霊だ。


 いや、当たり前か。

 人間の恨みの感情が極限まで来たときになるのが怨霊なのだろうから。


 だが、怨霊、という存在になったとき、祟り神のように、一種、超越した存在になるのではと思っていたのだが。


 すたすたとやってきた真鍋に、ひょいと首根っこを掴まれた怨霊は、ぎゃあぎゃあ言いながら、連れて行かれている。


 本当に人間臭いな……。


 だが、それは、あの神も同じだ。


 神も怨霊もそういうものなのだろうか。


 それとも、成子の周りだけそうなのだろうか。






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