もうひとつの斎宮

 




 再び、夜が来て、悪霊は、


 よしよし。

 あの大きな女は居ないな、と辺りを見回しながら、忍び足で成子の居室に入る。


 成子は脇息に寄りかかり、ぼんやりとしていた。

 そっとその膝に乗ろうとすると、今度は成子に首の後ろをつままれる。


「今、考え事してるんだから、乗らないでください」


「待て。

 そっちはいいのか」


 霊体の黒猫は成子の背に乗っている。


「これはいいんです」

 そう言いながら、成子は目を閉じる。


 うとうととしているようだった。


 虫の音が聞こえる。

 静かな時間だ。


 さわさわと揺れる草葉の音に、なんだか遠い昔のことを思い出しそうになる。


 ふと気づくと、成子は眠っていた。


「……成子?」


 何故だろう。


 確かに彼女の鼓動を感じるのに、その意識は此処にはない気がした。





 



 此処は斎宮だろうか。


 いや、違う。

 今より、もっと古い時代のようだ。


 成子は、夢なのか、過去の記憶なのかわからない場所に居た。


 此処は斎宮ではない。

 だが、似たような場所だ。


 成子は、そこでも周りの者より豪奢な衣を纏い、今と同じように屋敷に閉じ込められ、座らされていた。


 子供の頃から、望めばなんでも手に入った。


 だが、成子は知っていた。

 それは、自分が、産まれたときから、神の生贄と定められた娘だからだと。


 生贄といっても、儀式で殺されるようなものとは違う。


 『神の花嫁』となるべく、生きたまま捧げられる娘なのだ。


「可哀想に……」

と成子を育てた婆は言っていた。


「可哀想に。

 この子には神の花嫁となる以外の未来はない」


 婆は成子を見つめ、こう言った。


「でも、お前は、それを可哀想だと思うことさえないのだろう。

 そのように、産まれたときから、神に呪われているのだから」


 ならば私は呪い返そう、と婆は言う。


「どうか、神様」


 これから神に捧げられようとしている子供のために、婆は、また違う神に祈っていた。


「どうか、神様。

 生まれ変わったら、この子に違う人生を――」




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