月
「真鍋など最悪だぞ。
悪霊を身の内に入れるし、お前に向かっての邪念が凄い」
あいつは真っ黒だ、と神は言う。
「お前は真鍋が一番のお気に入りだったな」
黒い男が好きか、と問われる。
「じゃあ、私も祟り神になろう」
成子の手を取り、神が言ってくる。
「くだらないことをおっしゃらないでください」
そう言ったとき、控えていた女が、くすりと笑った。
聞いてたのか……と横目に見ると、女は消える。
後にはただ虫の音が響いているだけだ。
女の居た場所をその気配を読むように見つめていると、
「成子。
さあ、いつまでもこんなところに居ないで」
と神は成子を御簾の奥へと連れていこうとする。
「何処へ消えたのでしょう」
「知らん」
笑顔で手を握ったまま、神は言う。
「追ってってくださいよ」
「この私に命令か、成子。
そうだな。
今宵、私の相手をしてくれたら、追って行ってやってもいいぞ」
「……貴方、段々俗っぽくなってませんか?
大丈夫ですか?」
神の座、追われません?
と成子は言った。
ぱたん
ぱたん……
板に何かを打ち付けるような音がして、道雅は目を覚ました。
いつの間に寝ていたのだろう。
というか、此処は何処だ、と思って辺りを見回し、はっとする。
そこは成子の居室だった。
自分は脇息に寄りかかり、眠っていたようだ。
起き上がると、肩にかけられていた衣が絹の擦れる音ともに滑り落ちる。
なにかに打ち付けるような音は、強い風に御簾が斜めに揺れて、すぐ側の柱に当たっている音だった。
御簾の外に出ると、成子が夜風に吹かれ、ひとり月を見ていた。
こちらに気づき、成子は微笑む。
「起きたの? 道雅」
はい、と言いながら、道雅は畏る。
普段はかなりどうかと思う言動の多い成子だが、こうして、月を背に微笑む成子は、彼女こそが神ではないかと思うくらいの威厳があった。
強い月の光が成子の後ろから彼女を照らし、その顔の周りを彩る長い黒髪をぼんやりと輝かせていた。
「神なら、怒って帰ってしまわれたわ。
貴方を此処に脱ぎ捨てて」
仕方のない人、という口調で、笑っていた。
「はあ、そのようですね」
という自分の心には、まだ自分を乗っ取っていたときの神の感情が沈殿していた。
成子が強情だと文句を言っている。
だが、それと同時に、成子を愛おしむ気持ちも強く残っていた。
だからだろう、きっと。
こんなにも、この人に惹きつけられてしまうのは。
そう思いながら、階を降りる。
「外になど出られて、誰か来たらどうされるのです」
と言う道雅を振り向き、成子は言う。
「大丈夫よ。
なにやら、命婦より気の利く霊が近くに居るみたいなの」
は? と振り返ったが、なにも居ない。
まあ、霊だからな。
私になど見えないか、と思っていると、
「道雅」
と成子が呼ぶ。
「目覚めてくれてよかったわ。
貴方に見せたかったの、この月」
どきりとするようなことを、なんの考えもなく、成子は口にする。
確かにこんな機会は二度とないかもしれない。
御簾越しでなく、成子と共に月を見られる機会など。
いや……
あるかもしれない。
このまま神に身体を貸し続ければ。
だが、それをすることに、複雑な思いもある。
月はそんな自分の思いなど、関係なしに冴え冴えとした光を放っている。
それを見上げて道雅は言った。
「では、斎王様。
この月を歌に詠んでください」
「ええっ? 今っ?」
と成子が振り向く。
「なんのための月ですか。
今です」
「情緒ないんだから、もう~」
「今です」
無情な響きを持たせ、道雅は繰り返す。
だが、頭をひねっている成子の顔を見ながら、いつの間にか笑っていた。
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