女
「また来られたんですか」
「なんだ、その言い方は、成子」
私が来るのが気に入らないのか、と御簾の向こう、階に座る神が道雅の口で言う。
「いえ、最近、頻繁においでになるなと思っただけです」
「道雅が最近、協力的なのでな。
成子、誰も居ないぞ、こちらに来い」
いい月夜だ、と神は夜空を見上げる。
なるほど、塀の上に満月が浮かんでいた。
位置が低いので、不気味なくらい大きく美しい。
「……綺麗ですね」
神は御簾を上げ、成子を外へ連れ出す。
誰も居ないって。
警備の者は居ると思うけど。
真鍋とか。
まあ、この人にとって、そんな下々の者は居ないのと同じことかな、と思いながら、風に吹かれていた。
月を見上げる道雅の横顔は、道雅であって、道雅でない。
彼にはない神々しさがあった。
「ずっと考えていることがあるんです」
と太陽とはまた違う、静かな熱を顔に受けながら成子は言った。
「道雅に問われました。
誰かを好きだと思ったことがあるのかと。
……そういえば、そんなこともあった気もするんですが」
思い出せません、と成子は言った。
「思い出せないものなら、思い出す必要はないだろう。
この私が居るのに」
と神は成子の手を取った。
月を背に神は問う。
「無理やり押し付けられた夫をお前は愛せぬか」
「……そうではありません」
極自然にその言葉が出ていた。
そして、気になっていた、今の言葉が。
『無理やり押し付けられた夫をお前は愛せぬか』
「成子……」
そう呼びかけ、神は唇を重ねてくる。
いや……、だから、その身体、道雅なんですけどね、と思ったとき、気がついた。
自分の斜め後ろに誰かが控えているのを。
ちらと視線だけをそちらに向かい走らせると、白髪交じりの女がそこに座している。
こちらを見ぬよう、平伏して。
「……誰か居ます」
小声で成子は言った。
「お前は私と口づけを交わしながら、どうしてそんなことに気づくのだ」
と神は文句をたれてきた。
いいから、と成子は神の手を、普通の男にするように、ぺしりと叩き、
「このまま、ちらと私の後ろを見てください」
と言った。
私に指示を出すな、と言いながらも、神はそのようにしてくれたようだった。
「……女が居るな」
生きてはいない、と神は言う。
「それは私にもわかります。
もうちょっと見えるんじゃないんですか?
神様なんですから」
「道雅の身体に入っていると、魂が濁ってよく見えぬのだ」
と神は言ってきた。
「……道雅で濁るのなら、他の者だとどうなのでしょうね」
と成子は溜息まじりに言った。
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