忘れ物
「扇に目ですか」
圧死したかと思われた道雅だが、成子の前では元気を取り戻していた。
自分とともに、几帳越しに成子と対峙し、扇を裏に表に返してみている。
命婦を抱えて移動させるのは無理だったので、付き添いだけして、自力で歩いてもらい、別室で休んでもらっていた。
「特になにも見えませんが」
目を細めて扇を見ながら道雅は言う。
「命婦にだけ見えるのかしらね」
なんでだろ? という顔を成子はする。
一応、几帳はあるのだが、風が強く、ほとんど成子の姿は見えていた。
いやもう、この女は本当に不用心が過ぎる、と思いながら、その姿にずっと視線は奪われていた。
都に居ると美しい女の噂はいろいろと飛び交っているが、こんなに美しい女は他に居ないだろうと思ってしまうのは、単に自分の好みのせいだろう。
「その扇、何処から出てきたの?」
「前の斎王様の荷物が少し残っておりまして。
それを整理していたときだそうですよ」
と道雅が答える。
「私の前の斎王?」
「いえ、いつのものかわからないそうです。
此処を引き上げるときに、忘れて行かれたものが、少しずつ、残っておりますからね」
斎王が代替わりするたびに、残っていく取りこぼしの荷物。
なにかその代ごとのみなの想いが沈殿していっているようだな、と思った。
「忘れていったもの、か」
同じようなことを考えていたらしい成子がぼそりと呟く。
「生涯のほとんどを此処で暮らすものも居るでしょうしね」
自分はどうなるのだろうと思っているようだった。
まあ、成子の場合は、特に都に帰りたいわけでもないようだったが。
「誰かが見てる、か。
もしかして、命婦が誰かに見張られてる気がすると言い出したのは、これを見つけてからじゃないの?
これは誰の持ち物だったのかしらね」
「かなり古いもののようですが」
と道雅が眉をひそめる。
「……訊いてみようかしら」
と成子がぼそりと呟く。
道雅と二人、誰に? と思った。
そんな昔の話を誰に訊くと言うのか。
斎宮寮の人間も、斎王が代わるたびに、ほとんど入れ替わっている。
なにかこう、嫌な予感しかしてこないのだが――。
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