渡殿の辺りに命婦は倒れていた。


 いや、正確に言えば、倒れていたのは、道雅だった。


 倒れた命婦を支えようとして、欄干と命婦の間に押し潰されている。


「どうした? 大丈夫か、道雅っ」

と言うと、

「いえ、私より、命婦殿をっ」

と言う。


 ……男の鑑だな、と感心するというより呆れながら思う。


 まあ、とりあえず、命婦を起こさないと、道雅も助けられないか、と思い、命婦を起こそうとしたのだが、やはり、成子を支えるようなわけにはいかない。


 うっ。

 庭石くらい重量がある、と思いながらも、

「大丈夫でらっしゃいますか? 命婦殿」

と言うと、


「ああ、真鍋。

 あの扇がっ」

と渡殿に落ちている檜扇を指差す。


「……扇?」


 眞鍋は、

「腹に力を入れろ」

と道雅に言う。


「は?」

と言った彼に向かい、命婦を支える手を離した。


 受け止めたかどうかは見なかったのだが、


「うっ……」

という声が聞こえて、そのあと、道雅はなにも言わなかった。


 この扇がどうかしたのだろうか。


 上品な柄の檜扇だ。

 半分広げられているそれを広げ、裏に表に返してみたが、特に変わりはない。


「命婦殿、これがどうかされましたか?」

と問うと、

「目がっ」

と怯えたように叫ぶ。


「目?」


「扇に人の目があったのですっ!」


 ……柄や木目が目に見えたり、人の顔に見えたりすることがあるが。


 そんなことを思いながら、少し離して眺めてみたが、特にそのような柄も見えなかった。


 道雅はなにか感じないのだろうかと振り向いてみる。


 だが、命婦に押し潰されている彼からは、やはり、なんの言葉も聞こえてはこなかった。


「……生きてるか?」





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