命婦

 



 朝、目を覚ました成子は、びくりとした。


 神の姿は既になく、自分の横に巨大な丸いものが立っていたからだ。


 いや、なにかはわかっている、命婦だ。


 だが、その視線は何処を見ているのか。


 まるで魂のない置物のように、真横に突っ立っている。


 成子が半身を起こしても、まるで気づかぬようだ。


 ……悪霊より怖い。


 そう思いながら、

「おはよう」

と呼びかけてみた。


 しばらくすると、まるで、朝の光に解凍されたように、ゆっくりと命婦はこちらを見、

「あら、斎王さま。

 おはようございます」

と言ってきた。


 怖い。

 怖いんですけど~。


 ようやく、命婦に血が通ったような気がした。


 先程までの彼女は人であって人でないようで。

 なにやら恐ろしかったから。


「なにをぼんやりしているのです」

と言われ、いや、そりゃあんただ……と思う間もなく、急き立てられ、朝の身支度をさせられる。


「あ、あのー、大丈夫?」

と命婦に間で問うてみたが、


「はい? なにがですかっ?」

といつも忙しげな彼女に喧嘩腰に訊き返されただけだった。







 真鍋が斎王の居室の前を見回っていると、御簾から白い手が覗き、手招きしてきた。


 何故か悪霊が跋扈しているこの斎宮では、この世ならざるものが手招きしているように見えて、ちょっと怖い、と思ったが、それが成子の仕業だというのはわかっていた。


 また何事だ、と思いながらも、階(きざはし)を上ろうとすると、誰かが足を掴んでくる。


 転がる前に踏ん張り、

「おい、悪霊っ」

と当たりをつけて、床下に文句を言ってみたものの、しらばっくれているのか、返事はない。


 まったく、と思いながら上がると、

「待ってたのよ」

と御簾の向こうで成子が言った。


 別に恋しくて待っていたわけではないだろうから、また、何事かあったんだな、と思ったが、やはり、そうであった。







「命婦殿がおかしい?」


「そう、突然、魂がないみたいに、ぼうっとしたりするの」

と御簾の向こうから、成子が真鍋に訴えてくる。


「そうですか。

 では、気をつけて見ているようにします」

とは言っても、限界があるが、と思ったとき、遠くから野太い悲鳴が聞こえた。


「あの声は……」

「命婦じゃない?」


「様子を見てきます。

 斎王様はこちらにいらしてください」


 行きかけて振り返り、もう一度確認させるように言う。


「斎王様はこちらにいらしてください」


「……わかったわよ」

とあまりわかっていなさそうな口調で成子は言った。






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