深夜、成子は明かりをつけずに、碁を打っていた。


 もっとも、御簾越しに月の明かりが差し込んではいるのだが。


 一人で石を動かし、しばらく間を置いて、相手方の石を動かす。


 そんなことをやっていると、不自然に御簾がはためいた。


 突然の強風だろうかとそちらを見たが、やはり違った。


 わずかに捲れた御簾の下から、白い衣を身につけた男の足が見えたからだ。


 その人物が歩くのに合わせるように、御簾がはためく。


 勝手に御簾を持ち上げ入ってきたその男に、成子は溜息をもらした。


「その身体、使わないでくださいと申しましたのに」


 神の衣を身につけた道雅の身体が笑う。


「この間、お前と寝てみて思ったのだ。

 やはり、霊体のままではつまらんな」


 つまるとか、つまらないとか、そういう問題だろうか、と成子は些か呆れて神を見た。


 神は成子の手許を見、

「一人で囲碁か」

と訊いてくる。


 成子は無言で床下を指差した。


 怨霊の指示に従って、相手方の石を動かしていたのだ。


 だが、神を前に、怨霊は沈黙していた。


「では、私が続きを打とう」


 怨霊と神様の連携か。


 なにやら勝てなさそうだな、と思いながら、そのまま暗がりで碁を打つ。


 神は成子の向かいに腰を下ろし、しばらく、盤に石を打ち付ける音だけが響いていた。


 やがて、成子は口を開いた。


「実は、見ていただきたいものがあるのです」


「そうか。

 お前が勝ったらな」


 無茶を言うな~と思っていると、

「こういうものに、神も人もないだろう」

と言ってくる。


「柔軟な思考を持つ人間なら、神にも鬼にも勝てるだろう。


 大丈夫だ。

 お前が勝つまで通ってきてやる」

と石を手に面白そうに神は言った。


「そうですか。

 では、その間は、ずっと貴方と囲碁を打っているだけでいい……」


 いいんですね、と言い終わる前に神は石を戻して言った。


「私になにを見よと言うのか」

 見せなさい、と言う。


 この人、時折、怨霊よりも人間臭いな、と思いながら、成子も石を置き、塗りの箱に入れていたそれを取り出した。


「ほう。

 檜扇か。


 良い造りだな」


 今は少し色褪せて見えるそれを広げ、僅かな月明かりに翳して眺めている。


 そうしていると、道雅とは思えない威厳と落ち着きがあった。

 やはり、人の風格というものは、姿形ではなく、魂次第なのだな、と思う。


 いや、道雅が悪いというわけではないのだが。


「これに見覚えはございませんか?」


 確かに良い品だ。

 昔の斎王の物ではないかと思うのだが。 


 神は少し考える風な素振りはしてみせたが、フリだったらしく、すぐに、


「さあ、誰のだったかな」

と言ってきた。


 ……斎王と神は夫婦も同然というのに。


 どうだろうな、この夫は、と思う。


 少し前の妻のことなど、記憶にないらしい。


「どうした、成子。

 機嫌が悪いな」


「いえ。

 貴方は私のことも、そうして、すぐに忘れてしまわれるのでしょうね」

と言うと、


「なにを言う。

 お前は特別だ」

と何処まで本気かわからないことを言ってくる。


 なにやら、人間の女たらしと変わらない気がしてきたぞ、と思いながら、口調だけは重々しい神を眺める。


「他の方の許にも、そうして、他人の身体を乗っ取って会いに行かれていたのですか?」


 さて、どうだったかな、と神はすっとぼける。

 ますます不実な夫のようだ。


「お帰りください」

「どうした、成子」


 この人、……いや、人ではないが、夫としては最悪だな、と思っていた。






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