神 弐

 人には触れられないはずの彼だが、身を屈め、そっと成子の手に触れるような仕草をする。


「あの、お訊きしたいことがあるのです。

 命婦になにか憑いているようなのですが――」


「そうなのか?」

と話の途中で適当な相槌を打ち、神は神々しく微笑んでいる。


 ……なにも知らないようだ。


 前から思っていたのだが、神様というのは、万能に見えて、そうでないと言うか。


 自分の興味のないものは、そもそも目に入らないものらしい。


 まあ、すべてが見えていても疲れるからなのかもしれないが。


「それで、成子が困っているのなら、なんとかしよう」

「本当ですか?」


 神は成子から手を離し、立ち上がると、

「命婦の周りにある邪気をすべて吹き飛ばしてしまえばよい」

と言った。


「えっ?

 ちょっ、ちょっと待ってくださいっ」


 今にもやってしまいそうな神を止めようとするが、もちろん、腕もつかめず、つんのめる。


「あの、なんの霊だとか、何故命婦に憑いているのかとか。

 いろいろ知りたいことがあるんですけど」


「だが、邪気をすべて吹き飛ばせば、なにもなくなる。

 なにも考えなくて良くなるが」


「いや、あの、そうなんですけどね」


 神にとっては、人も霊魂も、邪魔なら、吹き飛ばしてしまえば良い、くらいなものなんだな、と改めて思った。


 自分もせいぜい、今、気に入っている玩具程度かな、と思ったとき、神が自分を見下ろし、言った。


「成子、そんなことはない」


 ひいっ。

 心を読まないでください。


「私はお前を愛している。

 だから、お前も誰にも心を動かさず、私だけを思うように」


 いや、思うようにとか言われても。

 人の心は命令されてどうこうなるものでもないのだが。


 神に心を読まれているかもしれないと思いながらも、人間は思考することを止められない。


「成子。

 お前が私を愛さないのなら、私は祟り神になるだけだ」


「は?」


「お前が私を思わないのなら、私は怨霊になろう」


 なんの宣言ですか、と思いながら、確認する。


「あの、貴方はこの国の守り神なんですよね?」


「そう。

 この国は私とともにある。


 そのように、かつての帝が定めたからだ。

 私が地に堕ちるのなら、この国もともに闇に沈むだけの話だ」


 脅しだろうか、と思っている成子に口づけようとした神は、身体がないことに気づき、

「やはり、あれを使ってもよいか」

と道雅の身体を振り返り訊いてくる。


「いや……ちょっと」

「お前お気に入りのあっちの男は駄目だったのだ」


 だったのだ?

 やってみただろうか?


 ……いつの間に。


「あの男は、怨霊をその身に入れたことがあるからな。

 私に入って欲しくば、その身を清めてこいと言いなさい」


 いや、言いなさいって。

 眞鍋が神に入って欲しいかどうかはわからないんだが。


 っていうか、嫌だろう、と思う。


「お前が手に入るかもしれないのにか?」

「だから、考え読まないでくださいってば」


「人間はいろいろと思考する。

 人の心なんて覗いて楽しいものでもないが、お前の心はなんだか愉快だ。


 表面に見えている心も、奥深くに潜む心も、変化がなくて面白い」


「それは、私が単純だ、という話ですかね?」

「だから、今のお前が私をそう好いてないのもわかっている」


 そう寂しげに言い、神は頬に触れてくる。

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