神 壱

  



「命婦には世話になりっぱなしだしね。

 貝合わせや海の一件でも」


 ここでは彼女が自分の母のようなものだ。


 命婦が去ったあと、成子がそう言うと、

「わかっている。

 気が済むまで、見張っていよう」

と真鍋は答えた。


「寝所に引っ張り込まれぬようにな」

と下から怨霊が笑って、口を挟んでくる。


「あら、そうだわ。

 貴方が行けばいいんじゃないの?」

と成子は床を叩いた。


 突然、沈黙する。


 成仏したフリか? と睨んだ。


「成子」

と真鍋が呼びかけてくる。


「あれから、来ないのか?」

「なにが?」


 神に決まっている、という顔を真鍋はしていた。


「女の寝所の中のことまで探らないことよ」

と言うと、

「そもそも入れるな」

と言ってくる。


 それを無視して、

「ねえ、ほんとに命婦を見ててくれない?」

と軽く床を叩いて、霊を呼ぶ。


「貴方なら、人の目には見えないものまで見えるでしょう?」

「私は関わりたくない」


 あれにはな、と怨霊は言った。


 



 『あれ』にはってことは、やっぱりなにか憑いてるのかな、と成子は思った。


 眞鍋はまだ胡散臭そうな顔をしたまま、出ていったが。


 あの命婦に憑くなんて、随分度胸のある霊ね、と思ったとき、気配がした。


 月明かりの下、御簾の向こうを歩く人影。

 床下の悪霊の気配が遠くなる。


 『彼』の力に負けているからだ。


 成子は立ち上がると、御簾の手前まで行き、言った。


「お待ちしておりました」


 御簾に映る影に向かい、笑いかけたとき、それを手で持ち上げながら、道雅が現れた。


「その身体、お使いにならないでくださいと申し上げましたのに」

と言うと、


「わかっている。

 こうして人の気配に包まれている方が、移動しやすいからだよ。


 人は、どんなに良い人に見えても、必ず、邪念というものがあるからな。


 此処の乱れた空気に馴染みやすいんだ」


 そう言い終わるか終わらないかのうちに、いきなり、道雅の身体が真横に落ちた。


 支える暇さえない程に、あっさりと、神は道雅の身体を脱ぎ捨てたのだ。


 ああ、また、物みたいに……。


 道雅に申し訳なく思い、気を失ったままのその姿を見下ろす。

 私が余計なことを言ったばっかりに。


『ほら、見ろ。

 神なんぞこんなものだ』

という怨霊の声が聞こえてきそうな気がした。






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