褒美

 



 やれやれ。


 最初に斎王様が言い出したときは、どうなることかと思ったけれど。


 みなが楽しんでくれたようで、よかったわ。


 協力してくれた女官たちに自らお道具を返しに、命婦が向かっていると、いきなり、誰かが、さわりと頭を撫でたような気配がした。


 おや?

と上を見る。


 蜘蛛の巣でも垂れ下がっていたのかと思ったのだ。


 だが、そこにはなにも居ない。


 おかしいわね、と思いながら、命婦はその場を通り過ぎた。


 



「私が参戦していたらな、もちろん、私が勝っていたぞ」


 床下から聞こえる声に、黒い怨霊猫の背を撫でながら、成子は、はいはい、と答える。


「お前、信じてないだろう」


 ははは、と笑ったとき、御簾の向こうに大きな人影が見えた。


「真鍋、ちょうどよかったわ。

 入りなさい。


 おめでとう。

 なにか欲しいものはある?」


 そこに怨霊が口を挟んできた。


「よくない訊き方だな、成子。

 ロクでもないことを要求してくるぞ」


「そう?

 無茶は言わないと思うわ。


 だって、みんなの前で贈るものなのに」


「そこの塗りの箱を」

と真鍋は言った。


「え?」


 真鍋は、几帳の側にたまたま置かれてた小箱を指差す。


「これでいいの?」


「ええ、その箱で。

 その箱に、あの鱗を入れて、箱ごと」


「駄目に決まってるじゃないの」


 即行言ってしまった成子に、どうしてだ、と真鍋は詰め寄る。


「いらないものなら、俺にくれてやってもいいだろう、成子」


 成子って。


 人が来たらどうするんだ。

 斎王様、だろうが、と思いながら、几帳越しに真鍋を見上げる。


 今はまだ、後片付けでみな動き回っていて、命婦さえも居なかった。


「……祟られるわよ」

と言うと、

「もうとっくに祟られている」

と床下を示すが。


 いや、その霊、私の好みの容姿の人が現れたら、あっさりそっちに乗り換えそうだけどね、と思っていた。


 真鍋はひとつ溜息をつき、

「では、琴を」

と言う。


「斎王様は、琴(きん)の琴(こと)が弾けるんでしたよね」


「はあ。

 まあ、一応」


 上手いかどうかは知らないが。


 帝はよく褒めてくれていたが、あの男、とりあえず、なんでもわざとらしく褒めるからな、と思っていた。


 七弦の琴の琴は、一般的な、十三弦の筝(そう)の琴とは違い、その奏法の難しさから、弾けるものが限られている。


「では、私のために一曲」


 そう真鍋は言った。





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