貝合わせ

 


 



「斎王様、あの。

 貝撒いてどうするんですか。


 見つけて、歌を詠むんですか。

 その歌で競うんですか」


 既に準備を始めていると言うのに、現れた道雅が矢継ぎ早に文句を言ってきた。


 貝合わせの貝は、本来は、鑑賞したり、それを題材にして、歌を詠んだりするためのものだからだ。


「今日は歌は詠まないの。

 貝を探すの。

 多く見つけた人が勝ちよ」


「そんなのなら、他のものでやったらどうですかっ」


 うるさいなあ。


 まあ、歌の師匠なんだから仕方ないけど、と思いながら、成子は几帳越しに道雅を見た。


 そこから更に、命婦が道雅に言いつける。


「斎王様は、最初は、帝から御下賜いただいたお道具を撒こうとしていらしたんですよ」


 やりそうだ、という目で道雅が見た。

 道雅がこちらに向き直る。


「斎王様」

「はい」


「もうあのお方は、貴女の従兄でも、幼馴染でもなく、帝なのですよ。

 いただいたものはそれなりの扱いをしていただかないと困ります」


 ああ、うるさい。

 命婦が二人居るようだ、と思った。


 そのとき、床下から声が聞こえてきた。


「成子、此処にも撒け。

 そして、誰か、見目麗しい若者に取りに来させろ。

 私が乗っ取るから」


 面倒臭い奴まで、口を出してきた。

 成子は、はいはい、と床下の悪霊に適当に答える。


 あんた、いつになったら、成仏する気だ、と思いながら。






 結局、命婦のお道具を使うのも勿体無いということで。

 女官たちが貸してくれた古いお道具や、欠けたお道具を使うことになった。


 道雅が見つけたり、見つけた人を見つけたりすると、歌を詠んだり詠ませたりしようとするので、そのときばかりは手間取ったが、比較的、順調に遊戯は進んでいた。


 意外と見つけられない。

 言い出したのは、私なのに、と成子がウロウロしていると、声が聞こえた。


「此処だ、此処だ」


 ん?


「此処だ、此処だ」


 床下から声がする。

 いつもとは違う位置だ。


 床に耳を押し当てると、近くに居た命婦が、


「またなにをしてらっしゃるんです」

と見咎める。


 しっ、と口許に指先を当てた。


「此処だ、成子。

 此処にある」


「えっ。

 でかしたわ、ありがとうっ」


 だが、顔を扇で隠し、階から下りようとした成子の腕を誰かか掴んだ。


「斎王様、ズルはなしです」


 真鍋だった。


「ええっ」


 真鍋は床を、どんっ、と踏んで、怨霊をも威圧する。


「悪霊、斎王様に手を貸すな」

「あんた、なんでそんなに本気なの?」


「……景品がかかってるからですかねえ」

と命婦が呟く。


 ともあれ、貝合わせならぬ貝探しは盛況のうちに終わった。


 道雅、下働きの者、真鍋が多く貝を手に入れたが、僅差で、真鍋が勝った。


「本気の度合いが違ったものね」

と言うと、命婦が、

「道雅殿のは、自分が取られた分だけではないのですよ」

と言う。


「えっ。

 なんで?」


「女官から、かなり頂いてました。

 最近、真鍋対道雅殿のどちらが男前かで揉めてますからね、女官たちは。


 自分が応援している方に勝って欲しかったのでしょう」


「待って。

 道雅的にそれは大丈夫な訳?」


 そんなことはいけないと言い出しそうな道雅なのに、と思っていると、


「貝を差し上げる代わりに、歌を詠んでください、と言われて、機嫌がよかったようです」

と言う。


「ああ、そう」


 神が中に入るようになってから、道雅は男ぶりが上がったというか。

 堂々としてきたので、その整った顔が生きてきたというか。


「命婦はどっちが好みなの?」


「そうですね。

 甲乙つけがたいですね」

と命婦は大真面目に答えていた。






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