第参話 見てる……

見てる……

 



 居る。


 なにかが居る。


 私の後ろに居る。




 なにかが私を見つめてる――。





 



 命婦は辺りを窺った。


 此処のところずっと、何処に居ても、誰かの視線を感じていた。


 斎王様の側に居るときも、食事をしているときも、語らっているときも、そして、着替えをしているときさえも。


 一体、誰が。


 私には夫も、子どもも。

 孫さえも居るのにっ。


「どうかしたの?」


 今日も麗しい斎王様に呼びかけられ、命婦はほっとした。

 なにか落ち着く顔だ、と思う。


 真鍋たちは、逆に落ち着きをなくすようだが。


「ねえ、暇だから、なにかやらない?」

「また、今日はなんでございますか」


 このところ、それが斎王、成子(なりこ)の口癖だ。

 この人、斎宮を退下するまで言い続けるのではなかろうかな、と思っていた。


 あれだけ悪霊退治をやらかして、まだ暇なのか。


「そうですね。

 貝合わせなどされますか」


 ええーっ、と不満げだ。

 まあ、いささか刺激には欠けるかもしれないが、と思ったとき、成子は言った。


「わかったわ。

 貝を屋敷中に撒きましょう。

 それをみんなで探すの」


 はあ~? と思わず、責めるような声を上げてしまう。


 それ、撒くのも大変だし、見つけられなかったとき、探して歩くのも大変ではないですか、と思ったのだ。


 なにせ、斎王の所有物である貝合わせの道具は、嫁入り道具にも匹敵する高価なものだ。


 此処、斎宮に来ること自体が、神に嫁入りするようなものだから、当たり前だが。


「この間、帝が贈ってきたのがあったわよね」

「あっ、あれはお止めくださいっ」


 なにをするっ、この莫迦娘っ、と昔のように怒鳴りつけそうになる。

 まだ彼女が、斎王でなかった頃のように。


 まあ、あの頃もそんな言葉遣いをしてはならなかったのだが。

 なにせ、彼女を育てた彼女の祖母がざっくばらんな人だったので。


 そのざっくばらんな祖母に同じように育てられた帝も今頃、宮中で苦労しているのではないかと思う。


 次の帝までの中継ぎの天皇とはいえ。


 中継ぎの天皇か。

 だから、本当はあの帝は子どもなど作らぬ方がいいのだろう。


 誰かが子を宿そうものなら、呪詛でもかけられそうだと思っていた。


 お仕着せの立派な女御には気が向いていないらしく、帝は、せっせと手に入れられもしない、この斎王に貢ぎ物をしているようなのだが。


「こちらにわたくしのお道具があります。

 こちらで。

 ぜひっ、こちらでっ」


 命婦は、ずいっと成子の前に黒塗りの箱を差し出した。


 これだとて高価なものだ。

 斎王の持つそれには遠く及ばないが。


 なくされては困るが、致し方ない。

 帝からの贈り物を紛失するよりはマシだ。


「でもそれ……」

「よろしいのですっ」


 成子は迫力負けしたようだった。


「じゃあ、屋敷のもので手の空いてるもの、総出でね。

 勝ったものには、私がなにかあげるわ」


「それ、斎王様がお勝ちになったら、どうなさるんです?」


「そうねえ。

 私は特に欲しいものもないから、次に勝ったものに、なにかあげるわ」


 そういうのなら、盛り上がりそうだな、とは思う。

 みなにも、なにか娯楽が必要だ。


「真鍋と道雅を呼んで。

 あの二人に配らせましょう」


「いいえ。

 あの二人は参戦させねばっ。


 誰か、誰かっ」

と振り向いて、人を呼び始める自分に、


「……なんか一番乗り気じゃない?」

と成子は呟いていた。





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