神の容れ物

 



 夜更け、成子は起きて、それを待っていた。

 音もなく移動してくる影。


 御簾の向こうに見える。


 道雅だ。


 彼は真ん中の御簾の正面で止まる。

 その前に成子は座っていた。


「……成子か」

と呼びかけてくる。


「お待ちしておりました」


 誰も触りもしないのに、御簾が巻き上がると、神の入った道雅の姿が露になる。


 やはり、今日は此処から入れるらしい。

 また一体、悪霊が消えたからだろう。


 そんなことを思いながら、月の光に照らし出された道雅を見上げていた。


 肩に羽織った神の衣が白く輝き、道雅をまるで、本物の神のように思わせる。


 その後ろにあの井戸が見えた。


 白い手が覗いている。

 あの女官以外にもあそこには何か居るのか。


 捨てられた櫛の贈り主の霊なのか。

 井戸はあの世に通じる場所とも言うが。


 そんなことを考えている成子の前で、彼は、

「成子」

と呼びかけ、一歩、成子に近づいた。


 びくり、としてしまう。

 だが、例え、真鍋が弦を鳴らしても、神は消えることはない。


 成子は彼を見上げて言った。


「お願いがあります。

 どうか、道雅の身体をお捨てください」


 神は少し困った顔をする。


「その中に入られたままでは、私には、道雅にしか見えません。


 私は斎王。

 貴方を愛するために此処に呼ばれた女。


 ですが、友人の道雅を貴方として、愛することは出来ません」


 神は少し迷って、そして、道雅の身体を投げ捨てた。

 道雅がその場に倒れ込む。


 どん、と道雅の身体が床に当たる音がした。

 まるで物のように。


 成子は申し訳なく思い、道雅を見る。

 道雅を外した神の姿は眩しくてよく見えなかった。


「貴方は貴方として、私の前に存在してください。


 生意気かもしれませんが、私はどうせなら、仮の花嫁ではなく、貴方自身を愛せるか、やってみたいのです」


 少なくとも、今の自分は、人間の男を愛してはいない。


 ならば――。


 神の手が自分の手にそっと触れる。

 少し、どきりとした。


 実際に、本当に成子に触れているわけではないのだが、温かさだけは伝わってくる。


「……ありがとうございます」


 目を閉じ、成子はそう言った。

 神の唇がそっと、自分のそれに触れた気がした。


 それは本当に微かな気配でしかないけれど。

 自分が神を愛したら、もっとはっきりとその感覚は捉えられるのだろうか。


 離れた神に成子が微笑むと、神は少しして、その姿を消した。


 月を見上げ、成子はしばらくぼんやりとしていたが、やがて、呟く。


「……どうしようかしら、これ」


 膝の前には道雅が倒れていた。


 なにか良い夢でも見ているかのように、健やかな顔で、子どものように爆睡している。


 明るい月明かりの下、それを眺めて笑ってしまった。






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