井戸の女


 




「成子っ」


 真鍋の声を聞いたとき、成子は背後に立った顔のない女に背中を押されていた。


 そのまま、井戸に転落しそうになる。


 だが、悪い夢を見ていたせいか、井戸に落ちることに怯えていたので、すぐに身構えられた。


 がっし、と井戸の縁を持つ。

 だが、上体は井戸の中へと大きく傾いでいた。


「成子っ」


 真鍋の手が身体を支える。

 それをいいことに成子は叫んだ。


「そのまま持っておいてっ」


 はあ? と言いながらも、真鍋は自分を支えてくれていた。


 井戸の中に何か光るものが見えた。


 あれは……。

 そう思ったとき、すうっと井戸の底から何かが立ち上ってきた。


 金色の光。


 鱗粉を振りまく蝶だ。


 些か、配色が毒々しいが、見た事も無いような艶やかな蝶だった。


「成子、上がれ、重い」


 自分を必死に支えているせいか、真鍋にもそれは見えなかったようだった。


 蝶が闇夜に舞い上がり消えていくのを見送ったあとで、成子は言った。


「重いってなによ」


「いいから上がれっ。

 重いのは、お前じゃなくて、その装束だっ」


 真鍋に腰を引かれ、地面の上に引きずり落とされた。


 そのまま、月を見上げて成子は言った。


「蝶って、人間の魂って言うわよね」

「それがどうかしたのか……」


「成子様ーっ」

 叫びながら、道雅がやってきた。


 何故か、真鍋がびくりとした顔をする。


「成子様っ。

 斎王様っ」


 いちいち言い換えるな。


「また何をふざけてらっしゃるんですかっ」


「……道雅だ」

「道雅ねえ」


 その口煩さに二人は呟く。

 これは神ではないようだ、と。


 あの顔のない女官は、蝶を追うように空を見上げていた。

 それを眺めながら、成子は言った。


「明日、井戸をさらうわよ」


 えっ、と二人は厭そうな顔をする。







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