井戸の底

 





 成子は、命婦にすぐに職人を手配してもらい、翌日から作業を始めてもらった。


「斎王様、井戸の作業中、あの井戸使えないじゃないですか」


 冷たくて美味しいのに、と命婦は機嫌が悪い。

 それを聞いて、道雅が言った。


「しばらく使いたくないと思うようなものが出てくるかもしれませんよ」


 彼の妄想は果てしない。

 道雅の頭の中では、手首や骸骨が既に出て来ているようだった。


 命婦たちは御簾の外に立ち、作業の様子を眺めている。


 自分もそちらに行きたいと成子は思っていたが、また素顔をさらして、ウロウロしそうなので、駄目だと命婦にきつく言い渡されていた。


 仕方なく、薄暗い御簾の内側から、外を覗く。

 手に扇は持っていたが、相変わらず、握っているだけだった。


 横で真鍋が溜息をつく。


「もう外に出たらどうだ」


 御簾にへばりつきそうな勢いで見ている成子に呆れたように言ってきた。


 井戸の周りでは、猫が、まるで自分が監督しているかのように、にゃーにゃー鳴きながらうろついている。


「これだけ人が居たら、さすがにそういうわけにもいかないわ」


 そりゃまた、偉いな、と子どもを適当に褒めるように真鍋は言う。


「道雅は二度と井戸の水が呑めなくなるようなものが出てくると思っているようだが、どうだ?」


「そりゃ、死体のひとつやふたつは出て来るかもしれないけど。

 それが、今回のことに関係あるかどうかはわからないわね」


「お前には、何が出てくるか想像ついているのか」


「頭の上に座っていた女官が言っていたのよ。

 斎王様のせいで、捨ててしまったって」


「死体を?」


「……お前もそこから頭が離れないようね。

 この斎宮で、ぽんぽん死体を作って捨てられるわけないじゃないの」


 そう言いかけて、言葉を止める。

 ずっと気になっていたからだ。


 この気の乱れ具合。

 もしかして、この神域の何処かに死の穢れがあるのでは。


 猫とは違う。

 人間のそれが。


 そう思ったとき、井戸をさらっていた男の一人が声を上げた。


「出ました」


 見守っていた者たちが、怖さ半分、注視する。


「茶碗です」

と男は横に居た男に告げた。


「茶碗?」


 ほっとしたような、つまらなさそうなざわめきが起こる。


「それじゃないわ。

 落としたんでしょう」

と成子は御簾の内で呟くが、道雅に限らず、妄想が止まらなくなっているらしい人々は、ほう、と気の抜けたような溜息をついていた。


 本当に死体など出て来た暁には、相当に厄介なことになるのだが。


 とりあえず、この神の宮からは運び出さねばなるまいし。


 それでも、なんだかみな、出て来て欲しげだ。

 平和過ぎて、刺激に飢えてるんだな、と成子は思った。


 茶碗類が次々に出てくる。

 うっかり落とす者が結構居るようだった。


 みんな飽きてきたらしく、ぼちぼち仕事に戻る者が出て来始めた頃、それは出た。


「櫛です」


 それで、最後だった。


 というより、それが出たので、成子が作業を打ち切ったのだ。

 長く水にあったらしい黄楊の櫛が盆に載せられ、やってくる。


 櫛を見つめ、


「もういいわ、ありがとう。

 みなに何か取らせて」

と成子は、命婦に彼らに報償を与えるよう指示して、奥へと入っていった。






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