神 壱
成子の少し先を歩いていた真鍋は、いきなり口を塞がれ、渡殿の下まで引きずり込まれた。
すごい力だ。
自分が逆らえないとは。
一体、何処のどいつが、とこの斎宮を護る猛者たちを思い浮かべたが、自分の口を塞ぐ手は細く白く。
とても良い香りがした。
この匂い……。
「道雅……」
すると、後ろで道雅の声がした。
「手を離しますが、決して声を出してはなりません」
逆らいがたい口調だった。
自分を信じているかのように、道雅は手を離した。
成子はまだ、井戸の近くをウロウロしている。
そちらを目で窺いながら、小声で訊いた。
「お前は誰だ。
道雅ではない」
意外な弓の使い手だとは聞くが、道雅がこんな剛力なはずはない。
腕を見ればわかる。
「私は神です」
予想はしていたが、あっさりそう言われると、本当か? と問いたくなる。
「神様が何故、幽霊退治の邪魔をする」
「邪魔はしておりません。
まあ、手に入らないものを前に、彷徨う女官の姿が美しくも切なくて、眺めるのにはちょうど良かったのですが」
どんな人でなしだ。
いや、人ではないのか。
「あんなものが成子の側をウロウロしていては、私は成子に近づけないのです」
難しいところです、と神は言った。
こうして、神が入っていると、道雅は実に整った美しい顔をしていた。
だが、普段は、道雅の魂のせいでか、弱々しい印象しかない。
「成子に近づけないって。
あの居室に入れないという意味か?」
「それもですが、基本、成子自身にですよ」
「俺には触れられるようだが、成子にだけ近づけないのは何故なんだ」
「成子の周りには強い邪気があります。
それが私を寄せつけないのです。
私は、此処最近の斎王の許には通っておりませんでした。
斎宮が乱れているからです。
そして、斎王の寝所辺りは、様々な怨念が降り積もり、私にはとても息苦しい場所となっています。
それでも、まあ、いいかと思っていたのですが。
成子が斎王となり、気が変わりました。
神というのは淋しいものです。
人は私に要求ばかり、時折、神で居ることに疲れます」
そう言われると、人間として申し訳ない気分になる。
自分も神に参ったときには、つい、感謝よりも先に、願い事を言ってしまう。
まあ、些細なことばかりだが。
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