怨霊退治
深夜、成子は二体の像に守られた寝所で塗りの箱を開けた。
間もなく、這いずる霊が現れる。
成子はそれを確認し、横になった。
目を閉じていると、それはどんどん近づいてくる。
守りの像を物ともせず入ってきた霊は成子の腿の辺りに骨張った手を置いた。
さすがの成子も堪えきれず、目を開けそうになる。
男の霊は眠っている成子に顔を近づけ、
「斎王様。
今宵こそは、よろしゅうございますか?」
と問うてくる。
「……はい」
小さくそう答え、眠ったふりであることを示した成子の上に、その霊は乗ってきた。
男の手が成子の頬に伸びたとき、成子は目を開け、男の前にそれを差し出した。
掴んでいた髪の毛の束だ。
男が戸惑うような顔をする。
「貴方様を愛しています。
でも、わたくしは斎王。
この身を穢すことなど出来ないのです。
おわかりですね?」
優しく諭すような成子の口調に、男は黙る。
しばらくして、
「……わかっております。
でも」
と言った男に成子は言った。
「これはわたくしの髪です。
髪は神に通じるもの。
神に仕える身であるわたくしが切ることは許されておりません。
でも、これを貴方様のために。
この髪をわたくしだと思って」
成子はそっと男の手に髪を渡した。
霊体である彼には掴めないかと思われたが、男はちゃんとそれを握った。
男は、それを押し頂くように額に当てる。
成子は男の背にそっと手をやり、顔を近づけ、優しく囁く。
「どうかわたくしを許してください。
そして、どうか、幸せになって」
男は何も言わずに泣き続けた。
男の霊が消えたあと、床下から声がした。
「成子。
ちょっと無謀が過ぎるんじゃないか」
床下の霊だ。
ずっと見ていたようだった。
「何度止めようと思ったことか。
あの男、私の成子に――」
いつ、お前のものになった。
「本当に襲われていたらどうするつもりだったんだ」
「だって、霊だもの。
大丈夫よ。
貴方程の霊だって、真鍋の身体を使わなければ、何もできないじゃないの」
「あれは色情霊。
私は高貴なる怨霊だ。
力の方向性が違う」
高貴なる怨霊ってなんだ?
まあ、確かに、高い身分のものや地位のあるものが怨霊になりやすいのは確かだ。
頂点から叩き落される、恨みつらみの深さ故だろうか。
「斎王様。
入ってもよろしいですか」
その言葉とともに、道雅。
そして、真鍋が入ってきた。
「消えたんですか? 悪霊」
「悪霊っていうか、色情霊だったみたい」
床下の怨霊によれば、という言葉を、恐がりの道雅のために呑み込んだ。
「ひとりではなかったのかもね。
かつて居た斎王たちに想いを寄せていた男たちの想いが一体の霊になっていたのかも」
「そうなんですか。
それもまた、切ないですね」
だから、私が誰でも構わなかったのだ。
斎王に対する想いの集合体だから、『斎王』という器をめがけて襲いに来ていたのだ。
髪が消え、空になった箱を成子は眺める。
「斎王もまた同じ、か。
あの霊が現れたあとさ。
しばらくして声が聞こえるのよ。
『……はい』って」
「はい?」
「はいって、言いたかったんでしょうね。
その想いがずっと残っていたのよ」
「結局、私たちの出番はなかったですね」
そうね、と成子が笑うと、道雅は、
「どうかしましたか?」
と言う。
「いえ。
もういいわよ、戻って」
はあ、と道雅はよくわからない風な顔をする。
彼がその場を辞して行こうとしたとき、成子は側に居た真鍋に向かい、小さく呟いた。
「これからが本番よ」
「本当にいいのか?」
「確かめたいことがあるのよ」
そう成子は言った。
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