白い男

 



 このかもじのせいだろうか、あの幻影。


 眠る前のひととき。

 既に寝所に命婦の姿はない。


 成子は切り灯台の側で、塗りの箱を開け、中のものを確認しようとする。


 すると、あの、


 おおおお……お……


という声が聞こえ始め、御簾の向こうに這う人影が見えたので、慌てて閉じた。


 こんな簡単に封じ込められる怪異なら、放っておいてもいい気もするのだが。


 そのとき、誰かが御簾の向こうに立った。

 端の方に現れた這う男とは違う。


 自信に満ちあふれた立ち姿だ。

 だから、すぐにわかった。


「真鍋?」

 そう呼びかける。


「今日は呼んでないけど?」


「呼ばれなくとも参ります。

 貴女の身に異変があれば。


 貴女を守るのが私の仕事なのですから」


「そう。

 貴方には今のが見えたのね」


 入って、と一応、几帳の陰から呼びかけた。

 入って来ながら、真鍋は言う。


「人ではないものの気配がしたので参りましたが、もし、私が入ってはまずいときには、予め、そうおっしゃっておいてください」


「どういう意味?」

と言ったが、真鍋は答えない。


 まあ、夜中に、人に入ってきて欲しくない状態、と言うと、考えられる事態はそうないが。


「私は神に仕える身、余計な心配よ」

と言うと、わかりました、と頭を下げる。


 成子は真鍋に几帳のこちら側に来るように言い、顔をしかめる彼に、あの塗りの箱を見せた。


「これは……?」


「中に女の髪が入っているの。

 これを開けると、あの霊が出るのよ。


 昼間、乳母たちをすり抜けて、あの男の霊が入ってきたわ。

 私の顔の目前まで来た」


 成子が自分の顔の前に手を広げ、あの男の手の動きを真似ると、真鍋は何か考える風な仕草をする。


 箱を置いて、成子は言った。


「何故、そこから入って来なかったのか。

 そして、何故、入って来れたのか。


 来たのなら、ちょうどいいわ。

 真鍋、一緒に夜更けを待ちましょう」 



 



 真鍋であったのか。

 斎王の居室の外で、命婦は息をひそめていた。


 夕べ、男が斎王の居室の前で足を止め、また歩いて行くのを遠目に見た。

 それで気になって、今日は此処に潜んでいたのだ。


 しかし、あの人影。

 真鍋であったろうかな、と少し疑問にも思う。


 真鍋よりも線が細かったような。


 それにしても、斎王様はまた何を企んでおられるのか。

 この斎王の考えることはどうにもよくわからないから。


 わずかに漏れ聞こえる声の雰囲気からいっても、艶っぽい展開にはなりそうにもなく、安堵していた。


 だが、物騒な展開にはなりそうな気がする。


 そのための真鍋だろう。


 命婦は大事な斎王様に何かあっては、と掴んできた、男をも撲殺できそうな鏡台を強く握り締めた。


 そのときだった。

 誰かが後ろからやってきた。


 見張りの者か?


 今日は真鍋ではなかったのか。


 声をかけられたら、斎王様にバレる。

 身構え振り返った命婦の前にそれは居た。


 白い衣を羽織った男。

 衣と同じような白い顔で月を背に自分を見下ろしている。


「ひっ……」

と命婦は短く声を上げた。







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