真鍋

 



 なんで、俺はあんなところに居たんだ?


 夜も更けた頃、訳もわからないまま真鍋は庭を歩いていた。


『あとで来て。

 みなが寝静まってから』


 そんな成子の言葉を思い出す。


 あの女、簡単に言ってくれるが、昼間訪れるのと夜とでは訳が違う。


 見つかったら、殺されたりするのではなかろうか。


 しかも、捕らえられるとしたら、仲間の警備の者にだぞ。


 俺の立場も考えてくれ。


 そんなことを思いながらも、斎王の居室周辺に近づいた。


 斎王からの直接の命令だ。


 逆らうわけにもいかないしな。


 そんな言い訳をしながら、彼女の居室を見上げたとき、高欄の側に立つ女の姿が見えた。


 また外に出ている。


 まあ、誰もが近寄れる場所ではないからというのもあるだろうが、この斎王は無防備過ぎる、と思った。


 彼女は夜風に長い黒髪をなびかせ、霞む春の月を眺めているようだった。


 美しい光景だ。


 このまま、ただ遠くから眺めているのがいい。


 ……たぶん。


 そう思ったとき、成子がこちらに気づき、少し口許を微笑ませた。


「後ろ、一体、憑いてるわよ」

と言う。


 えっ、と振り返ったが、何も見えない。

 彼女はただ、笑っている。


 本当に口を開かなければ、近年ないくらい斎王らしい斎王というのも、頷ける感じなんだが……と思いながら、頭を下げ、眞鍋は彼女の許に近づいた。

 




 無理矢理上がらされた真鍋は、寝所の前で、斎王に懇願される。


「ねえ。

 少し、此処に潜んでてくれない?」


「……何故ですか?」


「ちょっと確かめたいことがあるの。

 もし、よかったら、私の代わりにそこに寝ててくれてもいいわよ」

と寝所を指差す。


 ほら、と斎王はいきなり羽織っていた衣を一枚脱ぎ始めた。


 その下にもたくさん着ているとわかっていても、衣を脱がれると、どきりとしてしまう。


 だが、顔には出さないでおいた。


「これを着て」

「厭ですよ」


 そう言うと、眉をひそめ、

「貴方なら、大丈夫だと思うのに」

と言い出す。


「じゃあ、何処かに隠れててよ。

 声を立てないで」


 そう言い、斎王は寝所に入っていってしまう。


 そのまま音もしなくなった。


 なんなんだ、一体。


 そう思いながらも、言われるがまま、寝所を覆う幕の陰に隠れる。


 今日の見回りは自分なので、庭先に誰かが来る心配もないが。


 それでも、万が一、見つかったときのことを考え、真鍋は大きな身体をできるだけ縮め、息をひそめた。




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