床下のモノ




 話にならない。

 何も解決する気はないようだ。


 命婦の許を出た道雅は、考え事をしながら、庭を歩いていた。


 足を止め、先程、斎王が見つめていた高欄の下を眺める。


「なにをしている」

 そう誰かが声をかけてきた。


 真鍋だった。


「……散策です。

 歌を詠むのに」

と言うと、ふうん、と言う。


 特に興味はなさそうだ。


 だが、如何にも武闘派な彼だが、なかなかいい歌を詠む。


「此処に――」

と言いかけ、


「いえ、なんでもありません」

と道雅は話を終えた。


 この真鍋に、霊が出る、などと言おうものなら、霊ごと自分も成敗されそうな気がしたからだ。


 そのまま、そそくさとその場を後にする。




 



 真鍋は道雅が去ったあとも、そこに立っていた。


 誰も居ないのを確認し、高欄に手をかけ、その場にしゃがみ込む。

 下を覗いた。


 日の当たらぬ、冷たい床下がある。

 つん、と湿った土の匂いが鼻先を突いたとき、


「なにをしているの」

と言う声がした。


 顔を上げると、斎王が立っていた。

 自分を見下ろしている。


 ……どうでもいいが、御簾の向こうに潜んでなくていいのか、この斎王は。


 口を開けば、かなりロクでもないのだが、そうして閉じた檜扇を手に、自分を見下ろす姿は、かなり威厳があり、美しい。


 先程、命婦がわめくのが聞こえていたが、成る程、かつてないほど、神々しく見栄えのする斎王だ。


 本当に、口を開かなければの話だが。


「貴女様が此処を眺めてらしたのを道雅が気にしておりましたので。

 何かあるのかと思いまして」


「何もないわ」


 本当に? とその目を見つめる。

 立ち上がり言った。


「体裁など気にせず、おっしゃってくださって構わないのですよ、斎王様。

 私はこの地を、そして、斎王様を守るもの。


 貴女が今、そうして、顔をさらしていらっしゃるように、何も隠さず、話していただいて構わない。


 貴女のために秘密裏に動くのが、私の仕事なのですから」


 自分は人ではなく、貴女の影のようなものだと斎王に告げる。


 そうね、と斎王は言った。


「その下、たぶん、死んだ猫が居るわ。

 手厚く葬ってやって」


 話してくれたのはいいが、忌みことばを言いまくっている。


 本当に大丈夫か、この斎王。


 此処は常に清くあらねばならぬ場所、穢れた言葉は口にしてはならないぬはずなのだが。


 まあ、素直に言ってくれたことが少し嬉しく、わかりました、と頭を下げた。


 斎王はそのまま行ってしまう。


 御簾の内に引っ込んだようだ。


 そうしてくれ、と思う。


 彼女の残した、えも言われぬ香りを嗅ぎながら。


 その美しいかんばせをしまい、出来れば、表に出て来ないで欲しいと願っていた。





 



 ひんやりとした床下に入った真鍋は、干涸びた猫の死体を見つけた。


 それにしても、成子は何故、これが此処にあるのに気づいたのか。


 匂いか?


 いや、これはもう、相当古い。


 しかし、骨になるほどでもない。


 どちらにせよ、匂いなど既に出てはいなかったであろう。


 第一、少々の匂いがしても、何処の屋敷もそうであるように。


 この屋敷も、あまり風呂に入らない人から発する匂いや糞尿の匂いを誤摩化すように、何処もかしこも良い香りの香で薫き染められているからわからないに違いない。


 それにしても、何処に埋めるかな、と思って気づく。


 外から漏れ入る光に、猫の黒い皮を見ていると、腹が裂けていると知れた。


 ケモノ?


 いや、刀傷のような。


 何故、こんなものが斎宮に。

 それも、斎王様の居室の下に。


 そのとき、誰かと目が合った。


 広い床下。

 目の前の暗がりに誰か居る。


 息をひそめるでもなく、ただ存在している。


「……誰だ」

と真鍋は呼びかけた。






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