命婦

 



「おはようございます」


 むすりとした顔で現れた道雅を、斎王の秘書的役割を勤める命婦は苦笑いして出迎えた。


 まあ、秘書というか、此処での母親のようなものだ。


「斎王様はどうにかなりませんかね?」

と道雅は言うが。


 いや、あれはどうにもならないだろう、と思っていた。


 成子が斎王に選ばれる前から、何度か顔を合わせたことがある。

 成子を育てた彼女の祖母と親しく付き合わせていただいていたからだ。


 成子の祖母は、身分高いのに、少しもそれを感じさせない気さくな人だ。


 成子は、幼い頃から、はっとするほど美しかったが、昔からあのような感じだった。


「あれはあれでいいんですよ」

とまだ若い道雅に答える。


 まあ、自分がお仕えする斎王様を、あれ、と言ってしまうのもどうかと思うが。


「真のお姿がどうかなんて、どうでも良いのです。


 年に三度、伊勢神宮に趣くとき、そして、都からこの斎宮に人が訪れたとき、うまく立ち回ってくれれば良いのです。


 こんな気品に満ち溢れ、美しい斎王様など、近年ございません!

 実態など関係ないのですっ。


 必要なのは、神と帝のご威光を確かなものにするための人としてのお姿なのですから!」


 つい、気合いが入ってしまった。


 商業的に発展したこの伊勢の地を抑え込むために作られたのが、この斎宮であると言われている。


 いわば、もうひとつの朝廷だ。

 斎宮は此処で天皇の代わりという役目をも背負っている。


『つまりは、ただの偶像でしょ』

と成子は言うが。


「斎王様には、霊が見えますよね?」


 そう訊いてくる道雅に、

「見えても関係ないでしょう。この神の宮にそんな不浄なものは現れるはずないのですから」

と模範的な解答を示す。


 はあ、と道雅は言った。


 だが、実際のところ、わかっていた。

 成子は昔から霊が見えたし、今も恐らく、見えていてる。


 だが、この斎宮に霊が出るなとど、口には出来ない。

 此処が清浄な地ではないと認めてしまうことになるからだ。


 群行を終え、この斎宮に入ったとき、成子は眉をひそめた。


 彼女の目には何が見えていたのか。

 気にはなったが、突っ込まないでおいた。


 大丈夫。

 今、この地が乱れているとしても、きっと成子様がなんとかしてくださる。


 何処がだらけている斎王らしくない斎王だが、それなりに、命婦は信頼していた。


「はあ、まあ、美しいのはいいことなんですけどね」


 そう言う道雅は、若い男として、あの美しいというか、可愛らしい斎王に心動かされたりはしないのだろうかな、とふと思ったが。


 溜息をついて、出て行く道雅を見ていると、そんなこともないように見えた。






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