第14話 世界チャンピオン

世界チャンピオン


 「勝美。決まったぞ」「何成田さん」「何じゃないよ。世界戦の日程が決まったの」「本当。いつ、どこで」「8月15日。終戦記念日。場所は何とあのラスベガスのMGMだ。セミファイナル。ファイナルはあのマイクタイソンの世界戦だ。こりゃ最高に盛り上がるぞ。俺にとってもこれまでにない一世一代のプロモートだ。絶対に成功させるぞ」「成田さんの成功よりも千里の勝利の方が大切よ。そっか。又あのMGMのリングに上がれるのか。考えただけでも興奮する。しかも8月15日。終戦記念日は私の誕生日だ。成田さんありがとう」「どういたしまして。ところで勝美。相手のチャンピオンのトレーナー誰だか知ってる」「もちろん。あのエノラ・ジェシカでしょう。まさに因縁を感じる。今度こそはっきりと白黒つけてやる」「そういえばチャンピオンのリングネームはボンバーシェリーだよな。アトム千里対ボンバーシェリーか。原子と爆弾。まさに原子爆弾だ。こりゃいいやー。勝美の時はパールハーバーとエノラ・ゲイだからな。益々いいや」「ちょっと成田さん。もしかしてわかってて千里のリングネームアトムにしたんじゃないでしょうね」「いやいや。偶然。本当偶然」「怪しいな。まっ。名前なんてどうでもいい。とにかく勝つのみ」「そう。その通りだ」「ところで成田さん。千里があなたのラーメン食べたがってたよ」「いいよ。お安い御用だ。今度の日曜日のお昼はどうかな」「わかった。千里に言ってみる。さあ。今日も練習。練習」  

 「千里。今度の日曜日空いてる」「何時頃ですか」「お昼。成田がラーメン作ってくれるって」「わーい。行きます。お昼ですね」「そう。それじゃ日曜日のお昼にうちに来て」「了解しました」「あっそうだ。肝心な事言い忘れた。ラーメンなんてどうでもいいや。千里。世界戦の日程が決まったよ」「本当ですか。いつですか」「8月15日。場所はあのラスベガスのMGM。セミファイナルよ。ファイナルはなんとマイクタイソンの世界戦だってさ。最高のシチュエーションだよ。相手のトレーナーは私の因縁の相手。エノラ・ジェシカ。今度こそ白黒はっきりつけるよ。絶対に勝とう」「もちろんです。絶対勝ちましょう。あのMGMで世界戦かー。考えただけでも興奮する」「もうあそこのリングは最高だよ。今度こそ勝ってチャンピオンになるわよ」「はい」

 「こんにちは。千里です」「いらっしゃい。どうぞ上がって」「お邪魔します」「紹介するは。私の旦那の成田」「どうも初めまして千里です」「おっ。やっと会えたね千里ちゃん。成田です。よろしくね」「こちらこそよろしくお願いします」「まー座っててよ。今、特製ラーメン成田スペシャル作るから」

 「ところで千里。試合は8月だけど7月早々にはアメリカに渡るわよ。1ヶ月はあっちでトレーニングして慣れておかないと」「わかりました。じゃああと2ヶ月しかないですね日本にいるのわ」「そう言うこと。今度の相手のトレーナーは私と世界戦を戦ったエノラ・ジェシカよ」「そう言ってましたね。凄い因縁ですね」「これからビデオ見て相手の研究するけどジェシカがトレーナーとなると相当厄介な気がする。気合い入れて行きましょう」「はい。大丈夫ですよ。私には勝美さんがいるから」「そんな呑気な事言ってんじゃないよ」「へい。ラーメンお待ち。特製成田スペシャルだよ」「うわー美味しそう」「この人。ラーメンだけはうまいから食べて」「なんだよ。そのラーメンだけわって。失礼だな」「ごめん。ごめん。他も美味しいけどラーメンは特にって言う意味だから」「うん。美味しい。プロ見たい」「千里ちゃん。みたいじゃなくプロだから。僕は」「いやー本当美味しいです」「ところで千里ちゃん。僕は最初から君は行けると思ってたよ。勝美は超運動音痴だから厳しいって言ってたけどね」「何言ってんの。今日初めてあったくせに」「いや。僕は勝美の話を聞いていて続ける才能があると言うのは何物にも勝る才能だと思ってるから絶対に行けると思ってた。案の定ここまで来た。勝美の夢はトレーナーになってもう一度MGMのリングに上がる事。そして世界チャンピオンベルトを取る事だから勝美と二人三脚で頑張って」「はい。ありがとうございます。勝ったら又、ラーメン作って下さい」「そりゃお安い御用すぎるな。あはは」

 2ヶ月はあっという間に過ぎた。日本でのトレーニングを終えいよいよアメリカに出発する日が来た。まずは勝美と千里が先にアメリカに飛ぶ。会長はジムがあるので試合当日の2週間前にアメリカに渡る。「勝美。千里ちゃん頼むぞ。俺は後から永ちゃんの曲持って行くからな。千里ちゃんお腹こわすなよ」「会長。大丈夫ですよ。何たってアメリカで暮らしてた勝美さんが一緒なんだから」「さて、そろそろ時間だから千里。行きましょう。じゃあ会長。向こうで待ってますから。行ってきます」「うん。頼むな」

 試合会場はラスベガスだが調整はロサンゼルスで行う。ロサンゼルスは勝美がお世話になったジムがある。そこをベースにトレーニングを行う予定だ。ロスまでの飛行時間は凡そ10時間10分だ。

 翌日の朝9時。二人はロスに到着した。

 「ヘイ。カツミ」「あっ。リッキー。迎えに来てくれたの」「モチロンダヨ。ヒサシブリネ。ゲンキ」「元気。元気。リッキーは」「モチロンゲンキ」「リッキー紹介するは。千里よ」「オーチサト。コンニチハ。カワイイネ」「千里。リッキーよ。私の当時のトレーナー」「初めまして千里です。よろしくお願いします」「マカセテチサト。シンパイナイ。シンパイナイ」「あれ。ところで成田さんは。先にこっちに来てるはずだけど」「オー。ナリタハシアイノウチアワセデコレナイネ。ダカラボクガキタヨ」「そうなんだ。じゃあリッキー行きましょう。まずはジムに寄ってくれる」「OK。チサト。レッツゴー」「千里。アメリカはでっかいよ。そうだリッキー。私の愛車大和は大丈夫」「オフコース。モチロンバッチリサ」「じゃあ今日はジムに寄ってアパートに荷物置いたら大和でひとっ走りしようか千里」「・・・・・」「どうしたの千里」「いや。あまりのでかさに圧倒されて」「あはは。大丈夫。すぐに慣れるよ。でかいと言えばこっちのハンバーガーはでかいよ。日本の5倍はあるな。試合終わるまで食べられないから今日後で食べに行こう。私はこっちにいるときは年がら年中食べてたよ。本当。美味しいよ。でもあんなもんばかり食べてるからアメリカ人はでぶっちょが多いんだよね。リッキーなんかまだマシな方だよ」「えーあれでですか」「チサト。ヒドイネ」「ごめんなさい」

 「ヘイ。チサト。ココガジムヨ」「でか。何ですかこれは」「あはは。驚くのはこれから。中はまさにロッキーの世界よ」千里は勝美に連れられ中に入ると「うわー。本当にロッキーの世界だ。かっこいー。勝美さん。今日の予定変更しましょう。私着替えてサンドッバック叩きます」「かー失敗。ジムなんか寄るんじゃなかった。嫌な予感してたんだよね」「イイネチサト。ムカシノカツミミタイネ」「あはは。最近本当に私もそう思う」「デモチサトノホウガカワイイネ」ドン。「グッ。ゴメンカツミジョウダンネ」「次は本気で打つよ」「アイムソーリー」事実千里はアイドル並みの可愛さだ。この点は勝美とはちょっと違う。

 千里はサンドバックを叩き始めるとさっきまでの緊張が嘘の様に溶けていった。「あーやっぱりボクシングは最高。気持ちいい。あと1ヶ月こんなところで練習出来ると思うと痺れてくる」軽い練習を終えると「さあ千里。ハンバーガー食べに行こう。リッキーも行こう」「OK。ドコイク」「ISLANDSにしよう。あそこはポテトもてんこ盛りだからね」「OK。レッツゴー」

 ショップに着くと勝美が「私はBIGWAVEとコーラ」「ボクモソレネ」「千里は」「じゃー私も一緒で」暫くするとハンバーガーが来た。「なんですかこれは。こんなの一人で食べるんですか」「あはは。ねっ。でかいでしょう。笑っちゃうよね。でも美味しいよ。試合終わるまでもう食べられないからしっかり食べときな」「でもこれ。お皿がトレンチじゃないですか」「ダイジョウブ。チサト。アマッタラボクタベルネ」「ねっ。デブるわけでしょ」

 ロサンゼルスに到着したその日から千里のトレーニングが始まった。基本的には日本に」いる時と変わらない練習だが一番の違いは相手のチャンピオン。ボンバーシェリー対策のトレーニングとスパーリングだ。スパーリング相手探しはリッキーの仕事だ。1ヶ月でスパーリング150ラウンドを目標にした。当然ジムの男子ともスパーリングを行った。相手はメキシカンと黒人がほとんどだ。「早い。すごいリズム感だ」「どう千里。スピードが全然違うでしょう」「えースピードもリズム感も段違いです」「そうでしょう。私も初めて彼らとスパーリングした時はびっくりした。まーでも段々慣れるわよ。それにこれくらいの相手は難なくこなさないとチャンピオンになんかなれないよ」「はい。頑張ります」

 朝はシーサイドをランニング。これが又、高台から海を一望出来る最高のコースだ。千里は毎朝のロードワークが楽しくてしょうがない。「いやー。最高。本当にきれい。こんな所で毎日ロードワークができるなんて夢みたい」ロードワークが終わると筋トレ。その後砂浜でラダートレーニングとダッシュだ。凡そ1時間半のトレーニングだ。その後休憩し午後から6時まではフリーだ。このフリーの時間はしっかりと休憩を取る。そして日曜日は完全オフ日だ。オフ日が千里は楽しみでしょうがなかった。中でも勝美と愛車大和に乗りロスからラスベガスまでの荒野をぶっ飛ばす快感はボクシングと違った気持ち良さがある。「千里。気持ちいいでしょう」「最高ですね」「見て。あの馬鹿でかいトラック。今から追い越すけどこれがでかくて中々抜けないんだ。行くよ」カーン。「うわ。本当だ。でかいし長い。まだ抜けない。でも本当に気持ちいい。勝美さんの話は本当だった。アメリカはでっかい」「さあ。千里。着いたよ。ここがラスベガスのMGM。試合会場よ。ちょっと中入って見よう」勝美と千里はホールに向かった。「どう。感想は」「どうもこうも勝美さん。本当にこんな所で試合するんですか」「そうよ。ここが人で埋め尽くされる。その中を入場しリングに上がったらもう大変。想像しただけで気持ち良くて狂いそうでしょう」「いや。もう想像してなんか夢ごこちです。あーだめだ。早く試合がしたい」「私も早く戦いたい。再びこのリングに上がれるなんて夢のようだよ。そして今回はリベンジ。必ず勝つわよ」「もちろんです」「ドローじゃベルトは移らない。ここはアウェイだから必ずKOしましょう」「わかりました。次ここに来るときはリングに上がる時ですね」「そう。そしてチャンピオンベルトを巻く時」

千里と勝美のトレーニングが続く。勝美も千里と一緒になり現役さながらにトレーニングした。「恐らく千里とシンクロした時、私もトレーニングしていれば反応速度が増す様な気がする。前回の澤選手との試合の前には私も若干トレーニングした。その結果間違いなく千里の反応速度は上がった。そう考えると私自身がトレーニングすることが重要になってくる」勝美はなんと千里のスパーリングパートナーまで勤めた。ズドン。バチン。「千里。あなたガードが甘いよ。それにもっとリズムよく動いて。パターンがワンパターンだからダメなんだよ。もっと細かな動きをしなくちゃ相手崩せないよ」「でも勝美さんのパンチ異常に重いんですけど」「当たり前でしょう。ウェルター級で世界戦戦ってるんだから」「勝美さん。まだまだ現役でいけるんじゃないですか」「目さへ大丈夫なら死ぬまでボクシングやるわよ」「かー。恐ろしい」「千里だってもうボクシングの快感を味わったんだからちょっとやめらんないんじゃない」「おっしゃる通りです」「あはは。あんたも完璧にはまったわね」「はい。お陰様でどっぷりです」「好きこそものの上手なれ。頑張りましょう」

 成田が血相を変えてやってきた。「おーい。勝美。千里ちゃん。ファイトマネーが決まったぞ。驚くなよ。いくらだと思う」「そんなのわからないよ。私の時が確か50万ドルだったから。あれから大分経つから10倍の500万ドル」「全然違う。何と5000万ドルだ」「えー。5000万ドルって日本円でいくらよ」「50億だよ」「50億。何それ」「取り分はチャンピオンサイドが30億。我々が20億だ。これは女子の試合では過去に例がない。見たかこの敏腕プロデューサーの腕前を」「いやー凄いよ成田さん。あんな気持ちいい思いをした上にこんな大金もらえるなんて最高ね。千里」「本当ですね。でも何でそんな高額になるんですか」「それはね。スポンサーはもちろんだけどアメリカのテレビはペーパービューって言って放映権を試合を見たい人が買う訳だよ。だから注目度の高い試合程多くの人がみる訳だから収入も当然増える。それとラスベガスはギャンブルの街。この試合も当然賭けの対象だ。千里ちゃんの試合が高額な掛け金に跳ね上がったんだよ。因みにファイナルのタイソン戦は5倍の250億だけどね」「250億。何ですかそれは」「それだけ世界が注目しているって事さ。千里ちゃんがいい試合をすれば今後も千里ちゃんの試合は高額なものとなると思うよ。だからこのチャンスを絶対にものにしよう。因みにここで言ういい試合って言うのは打ち合い。クリンチなんかしないで戦う事。それが客が一番喜ぶ試合だ。頼むよ」「成田さん。私たちはお金の問題じゃないのとにかく世界チャンピオンになる事。お金の事は成田さんに任せるから。ねっ。千里」「はい。その通りです」「じゃー練習に戻ろう」「はい」

2週間後。矢沢会長が到着した。「千里ちゃん。ファイトマネー50億だって。凄いね。流石は成田君だ。こりゃまさに永ちゃんの成り上がりだな。今回勝って主戦場をアメリカに変えよう。アメリカンドリームの始まりだ。勝美。頼むぞ」「会長。私たちはお金の為にボクシングやってるんじゃないの。お金の事は会長と成田さんに任せるから。私たちはボクシングに集中しますからそういう話はしないで下さい」「わかった。わかった。とにかく試合に集中してくれ」「会長。お金の話は僕としましょう。ちょっとこちらへ」「おう。成田君いたのか。いやー流石だな50億か。笑いが止まらないな」「そうでしょう。任せて下さいよ。ところで会長の取り分ですけど。こちらのファイトマネーが20億ですからその10%の2億でお願いします」「そんなにもらえるのか。よしこれでやっとジムを建て替えられるぞ。うちのジムも一気にメジャーだ。いっしっし。ところで前から聞こうと思ってたんだけど成田君。勝美は夜の方はどうなんだ。やっぱり恐竜のように激しいのか。いっしっし」「会長。ところがこれが以外にしおらしいんですよ。もうびっくり。んっ。どうしたんですか」「成田君。後ろ」「ドン。何くだらないこと言ってんだ。アホ。本当にボコボコにするよ。くだらない事言ってないでスポンサー集めでもしてこい。アホ」

 勝美と千里は壮絶なトレーニングをやり抜いた。

 試合三日前。勝美と千里はラスベガスに向かい荒野をぶっ飛ばしていた。千里もハーレーを購入した。愛称は武蔵だ。「千里。いよいよね。一緒に頑張ろう」「はい。勝美さんと一緒だと本当に負ける気がしません」「油断は禁物。何しろ向こうにはあのジェシカがついてるからね。あーそれにしても大和でぶっとばすのは気持ちがいい。最高」

 試合前日。計量日。「久しぶりね。勝美」「ジェシカ。こちらこそ久しぶり。ジェシカ日本語上手になったね」「勝美との試合から大の日本ファンになっちゃって実は5年くらい日本で暮らしてたのよ」「そうだったの。だったら連絡してくれればよかったのに」「ソーリー。ところでどうそちらの選手の調子は」「もちろん絶好調よ。そっちは」「もちろんバッチリよ」「じゃあお互い頑張りましょう。今度こそ白黒はっきりつけてベルトを頂くわよ」「それはこっちのセリフよ」「じゃあ明日会場で会いましょう。ジェシカ」

 千里の計量はいつも通り48・99㎏。リミット丁度だ。「さて、千里。今日は何食べる」「そうですね。日本そばがいいけどこっちのそばはいまいちですからパスタにしましょう。夜はステーキで行きましょうね」「了解」

 その晩二人は明日の戦略を練った。「シェリーのビデオを見たけど癖って言う癖は見当たらなかった。でも実際に戦えば必ず何か見えると思うから私は序盤相手の癖探しに集中するから千里はしっかり相手に対応して」「わかりました。又、終盤勝負になりそうですね」「そうね。でもあなたはすぐ熱くなって相手の術中にはまってカウンター貰うからそれだけは気をつけるように」「はい。気をつけます」「じゃあ明日のために休みましょう」

 「まーでもよくここまで来れた。最初千里を見た時には運動神経のなさにびっくりしたのを思い出す。とてもプロになれるとは思わなかったし世界戦まで来れるなんて本当に驚く。やっぱり継続は力なり。努力は裏切らない。こうしてまたMGMのリングに上がって世界戦が出来るなんて本当に夢の様だ。ましてや相手があのジェシカの選手なんてまさに

因縁だ。明日は絶対に勝つ」

 翌朝。8月15日。外は雲一つない快晴。勝美と千里はロードワークを軽く行った。試合当日でも汗をかかねば体は動かない。「そう言えば今日は勝美さんの誕生日ですよね。

いくつになったんですか」「もう38だよ。でも21歳の体が手に入ったから関係ない」「今日は勝美さんに最高のプレゼントを約束します。チャンピオンベルト。一緒に手に入れましょう」「ジェシカ戦から13年。長いようであっと言う間だった。今度こそベルトを手に入れるわよ」「はい」

 試合は5時から始まる。千里の出番は6時だ。勝美と千里は4時に会場に入った。会場には勝美の父の勝男が13年前と同じ姿で応援に来ていた。「あーまるでタイムスリップしたみたい。会場の雰囲気もそのままだ。やっとここに戻ってこれた。最高。さあ千里。控室で軽く体動かそう」世界戦だけあって控室は千里専用の控室だ。「どうだい。千里ちゃんの調子は」「悪くないよ。やれるだけの事はやった」「こっちも最高の舞台を用意出来たと思ってる」「ありがとう。さすがは成田さん」「ここに戻ってくる夢が叶ったな」「成田さんのお陰よ」「どういたしまして」

「さあ千里。バンテージ巻いて準備しよう」「はい」

 前の試合は順調に進んでいる。恐らく時間通り6時試合開始だ。千里は軽くシャドーボクシングをしながら出番を待った。会長が来た。「よーし。千里ちゃん。時間だ。行くぞ。今日も永ちゃんのラストシーンだ。(踊ろうよ 摩天楼の)ラスベガスの為のテーマソングだ。今日もラストシーンはKO勝ちだ」「チサト。イクヨ。レッツゴー」今日のセコンドは会長、リッキーそして勝美だ。千里は会場に足を踏み入れた。「うわー何これ。凄い雰囲気。まさにロッキーだ。気持ちいい。最高。早くリングに上がりたい。あっ母さんだ」「千里。頑張って」まず初めに千里がリングに上がった。続いてチャンピオンのボンバーシェリーが登場した。国家斉唱が始まった。まずはアメリカ国歌。続いて日本の国歌。君が代が流れた。国歌斉唱が終わると同時に「天皇陛下万歳」勝男だ。勝美が頭を抱えている。両者の紹介が終わりレフリー注意が行われた。両者中央で睨み合う。いよいよ試合が始まる。「さあ千里。行くよ」「はい。勝美さん」

 「カーン」ラウンド1。

 まずは両者ジャブを出しながら様子見だ。「カーン」第1ラウンド終了。「チサト。グッドヨ。リラックス。リラックス」「どうだい。シェリーは」「はい。なんか捉えどころがない感じです。やっぱりスピードはかなりありそうです」「千里。遠慮することないからどんどん手を出して行こう」「はい」

 「カーン」ラウンド2。

 千里が前に出た。シェリーが回りこむ。シェリーのパンチは全てがノーモーションで繰り出されるので分かりづらい。だが千里もよく対応している。「カーン」第2ラウンド終了。「うん。いいぞ。この調子で行こう」「チサト。ナイスファイトネ」

 「カーン」ラウンド3。

 今度はシェリーが前に出た。千里は下がらずに応戦する。パーリングして速いジャブを放つ。パチン。シェリーが右にダッキングして右アッパーを放つ。これを千里は左にダッキングしながら左ボディを打つ。お互い好機を掴めず3ラウンド目も終了した。「チサト。カラダモアッタマッタコトダシスコシヒートアップシヨウ」「そうだな。千里ちゃん。お客さん楽しませよう」「千里。少し攻めてみて。まだ癖がわからない。少し打ち合わないと出てこないかもしれない」「わかりました。少し誘ってみます」 

 「カーン」ラウンド4。

 千里が前に出る。ジャブ、ジャブからストレート、左アッパー。シェリーはスウェーとダッキングで交わすと同時に左フックを放った。これを千里はウィービングで交わしノーモーションの右ストレートを放つ。流石は世界戦だ。両者上手い。「カーン」第4ラウンド終了。「チサト。イイペースネ。コノチョウシデイコウ」「どうですか勝美さん」「うん。流石にジェシカが教えているだけあるわ。今の所隙がない。でも必ず何かあるはず。残り6ラウンド。そろそろ向こうさんも来る頃だからしっかり対応して」「はい」

 「カーン」ラウンド5。

 今度はシェリーが仕掛けてきた。体を振りながら前に出てきた。左ボディ。ドスン。強烈だ。右アッパー。千里の顎をかすめる。シェリーの連打だ。千里何とか体を入れ替えて交わす。「千里。自分の距離をしっかりとって。どんどん来るよ」又、シェリーが体を降って入って来る。左フック。ドン。これも強烈だ。返しの右アッパー。千里は左にダッキングしてその反動を利用して強烈な右ストレートを放つ。バチン。ガードの上からでも遠慮なくぶちかます。「カーン」第5ラウンド終了。「相手は接近戦が得意みたいね。しっかり自分の距離を保ちましょう。あと5ラウンド行くよ」

 「カーン」ラウンド6。

 千里が仕掛けた。いきなりノーモーションのストレートをガードの上に叩きつける。バチン。元来千里は勝美ほどではないがパンチ力がある。一瞬ガードが開いた所に左アッパーを放つ。これをシェリーが嫌がりガードを上げて下が空いた。そこに強烈なボディを食らわす。ドスン。シェリーの顔が歪む。「いまだ」「だめ」決めの左フックを千里が放った。ガードが空いた左にシェリーの強烈なストレートがカウンターで千里の顎を捉えた。バチン。ダウン。「ワン、ツー、スリー、フォー」「千里。大丈夫」「大丈夫です」「カウント8まで待ちましょう」「ファイブ、シックス、セブン、エイト」カウント8で千里は立ち上がった。そこで丁度ラウンド終了のゴングが鳴った。「千里。左フックは狙われてるよ。さすがはジェシカ。あんたの癖を見抜いてるわ。あなたは決めの左フックを打つ時ほんのちょっと左肘が下がるのよ。普段は出ないけど決めにかかった時だけ出る。しかしよくわかったな。セコンドからは見えないはずだけど。なんか嫌な予感がする」

 「カーン」ラウンド7。

 シェリーが出た。ジャブジャブジャブからウィービングして左ボディ。千里のガードが一瞬下がった所に左フック。バチン。返しの右アッパー、左フック。「ちょっとこの連打はジェシカじゃない。まさか」「カーン」ラウンド終了。「千里。大変だ。シェリーとジェシカはシンクロしてる。私たちと一緒だ」「本当ですか」「間違いない。前のラウンドであなたの癖を見破ったのもジェシカよ。こうなったら私もがんがん行くわよ」「チサト。ナニ。ブツブツイッテル。アト3ラウンド。ソロソロスパートカケルヨ」「OK。リッキー」

 「カーン」ラウンド8。

 「千里。行くよ」千里が突っ込んだ。ジャブ。フェイント。ノーモーションのストレート。ドスン。ガードが空いた。もう一発ストレート。ドカン。シェリーがぐらついた。右アッパー。パチン。ダウン。「ワン、ツー、スリー」「シェリー大丈夫。千里のパンチが急に重くなった。おかしい。まるで勝美のパンチみたい」「フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト」シェリーが立ち上がった。再び千里がダッシュをかける。シェリーが体を入れ替えて交わす。シェリーも得意の接近戦を挑む。「カーン」ラウンド終了。「シェリー。間違いない。千里と勝美も私たちと一緒でシンクロしてる。本当に因縁の対決だわ」

 「カーン」ラウンド9。

 千里のストレート。シェリー左にダッキングして左ボディ。「勝美。聞こえる。そこにいるでしょう」「ジェシカ。やっぱりあなたたちもシンクロしてるんだ」「そうよ。面白くなってきたね」「望むところ」「千里。行くよ」「シェリー。絶対勝つわよ」千里。ストレート。ドスン。さっきまでと違うパンチだ。いかにも重そうだ。これをシェリーが華麗に交わす。シェリーのスピードも上がった。「ナンカ13ネンマエノカツミトジェシカノシアイミタイネ」両者全く譲らない。凄い試合だ。「カーン」ラウンド終了。「千里。いよいよ最終ラウンド。このままじゃベルトは奪えないわ。相手がジェシカじゃ癖も何もあったもんじゃない。あなたの決めの左フック囮に使うよ。間違いなくカウンターを取りにくるからそこを狙う。決めの左フックを出して。相手のストレートに合わせて右のクロスカウンターで仕留めるよ。いい。ちゃんとついてきてよ」「はい。わかりました」

 「カーン」ラストラウンド。

 シェリーが接近戦を挑んできた。千里はジャブを放ちながら距離を取る。一進一退の攻防が続く。「勝美。頑張れ」勝男には千里の姿が勝美としか思えない。「勝美。そこだ。行け」成田もだ。「カツミ。リベンジ。リベンジ」リッキーもだ。千里。右ストレート。シェリーの空いた腹に右ボディ。「千里。今よ。決めの左フック」止めの左フックだ。そこにシェリーの右ストレート。タイミングドンピシャだ。千里危ない。ドカン。ダウン。なんと言うことだ。倒れたのはシェリーだ。何が起こったんだ。「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス」あーとレフリーが手を降った。ノックアウトだ。新チャンピオン誕生だ。その名は「アトム・千里」「やった。勝美さん。勝った」「やったね千里。爆撃完了」「チサト。コングラチュレーション」「天皇陛下万歳、万歳、万歳」最後の千里のストレートは全く見えなかった。まさに神の手だ。シェリーが起き上がった。千里が駆け寄る。「完敗だわ。おめでとう。新チャンピオン」「ありがとうございます。シェリー。んっ。ジェシカさん」「もうシンクロはしてないよ。千里は」「あれ。そういえば私もしてない」「あっち見て」ジェシカと勝美が抱き合っている。「ナイスファイト。勝美。まさかあそこで右のクロスが打てるなんて。さすがね。完敗よ」「ありがとう。でもあれは正確無比なジェシカが相手だから出来たのよ。2度目の対戦だからね。なんだかこの日の為に神様がお互いをシンクロさせたのかなぁ」「そうかもね。これでもうシンクロする事はないかもね」「いやー。でも気持ちいい。やっぱりボクシングは最高」「勝美さん。ありがとうございました」「千里。おめでとう。どう。最高に気持ち良かったでしょう」「もう。最高なんてもんじゃありません」「あはは。あんた何泣いてんの」「だって最高ですよ。本当ありがとうございます」「何言ってんのよ。こちらこそありがとう。あなたのおかげで夢が叶ったわ。ほら。会長が待ってるよ。ベルト巻きに行こう」「はい」「千里ちゃん。おめでとう。うちのジムから世界チャンピオンか。なんか夢みたいだよ。本当にありがとう」「チサト。カツミ。コングラチュレーション」「よーし。じゃー打ち上げに行こう。千絵さんも来て下さい」「もちろんです。本当に皆さんありがとうございました」

 「よし。じゃー乾杯だ。我が矢沢ジム初の世界チャンピオン誕生。おめでとう。乾杯」「乾杯」「乾杯」「乾杯」「いやーでも最後のクロスカウンターは本当に見事だったよ千里ちゃん」「はい。ありがとうございます。勝美さん。そろそろ言ってもいいんじゃないですか」「そうね。実はみんなに話があるの」「んっ。なんだ勝美改まって」「いやー実は試合になると千里と私はシンクロするんだ」「シンクロ?なんだそりゃ」「私の意識が千里の体に入り込んでるって事」「本当かよ。ちょっと信じらんないけど。それじゃ何か。最後のクロスカウンターは勝美か」「そう。あれは私の得意なパンチでしょう」「そうかそう言えばそうだな」「それともう一つ。実はシェリーとジェシカもシンクロしてた」「えー。じゃまさに13年前の対決だ」「どうりで千里ちゃんとシェリーがまるで勝美とジェシカに見えたはずだ」「えっ。じゃーファイトマネーも半々でいいの」「何。調子に乗ってんのラーメン屋」「お前ねー。亭主に向かってラーメン屋はないだろう」「だったらそういうしょーもない事言わないの」「はいはい。分かりました」「トニカクオメデトウチサト」「本当に皆さんのおかげです。千里がチャンピオンになるなんて夢にも思いませんでした。ありがとうございます」「とんでもないですよ知恵さん。私は最初から千里ちゃんはやると思ってましたよ。私の目に狂いはございません。今後もこの矢沢ジョーにおまかせください」「本当に調子いいな。大体あんたは矢沢じゃなくて矢吹だろうが」「あん。勝美。なんか言ったか」「いえ。何も。もういいからどんどん飲もう」「そうだ。天皇陛下万歳」

 翌日。勝美と千里はMGMに別れを告げた。「やっぱりあなたは最高だったわ。最高に気持ち良かった。ありがとう」「防衛戦もここで出来ますように」「さあ。千里。行くよ。ロスまでぶっとばすよ」「はい」大和と武蔵が吠えた。

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闘拳女 @0906

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