第13話 タイトル戦

タイトル戦


 千里は松本を破り初の東洋太平洋タイトルへの挑戦権を得た。相手は因縁の澤美香だ。澤はデビュー以来負け知らずで一気に東洋太平洋チャンピオンまで駆け上がった。千里はデビュー戦でこの澤に敗れた為、常に一歩遅れを取っている状況だ。「これで同じリングに立てる。ここで彼女を破って今度は私が世界チャンピオンまで一気に駆け上がってやる。今の私はあの時の私とは違う」「千里。この間の試合はお疲れ様。おめでとう」「あっ。勝美さん。ありがとうございます。勝美さんのお陰です」「何言ってんの。体はあなたのものなんだからすぐに反応したあなたの練習の賜物よ。ところで知ってる今度のタイトル戦の勝者が世界チャンピオンに挑戦できるかもしれないんだって」「えっ。本当ですか。初耳です」「そりゃそうよまだ極秘だもの」「なんで勝美さん知ってるんですか」「そりゃね。それを仕掛けてるのが敏腕プロデューサーの私の旦那の成田だからよ」「凄い。まじですか」「まーまだわからないから内緒にしといてよ」「もちろんです」「さーそんな事より次の澤戦よ。この間試合見てきたけど相当腕を上げてるよ。このままじゃ前回の二の前になるよ。あなたはパンチ力はあるから今回はスピードトレーニングに重点をおきましょう。まずは走り込み。距離はこれまで通りでいいからスピードを上げて走るようにする事。それと踏み込みの練習。これはラダートレーニングで養うようにしよう。試合まで後2ヶ月。集中しよう」「はい。よろしくお願いします」勝美は練習メニューを組み立てた。

 朝練      ◎ランニング5㎞

          (100mダッシュ+ 

          50mジョグ)

          ラダートレーニング

          1㎏バーベルシャドー


夕練(ジム)   ◎ストレッチ

          縄跳び*3R

          腕立て100回

          ウェート2㎏腿上げ5          

          0回

          シャドー*3R

          サンドバッグ*5R

          シングル*3R

          振り子*1R

          腹筋100回

          背筋100回

          首トレーニング

 これが日曜日以外毎日の練習メニューだ。男子プロと同等以上の量だ。これにスパーリングを加える日もある。千里は必死にこの練習をやり続けた。        

 「ねー成田さん。信じる信じないは勝手だけどやっぱり試合中、千里と私は千里の中でシンクロしてる。この間の試合の最後のクロスカウンターは私よ」「本当かよ。まー俄には信じらんねーけど。それが事実だとすれば千里ちゃんは百万パワーを得たみたいだな。百万パワー鉄腕アトムか。んっ。ちょっと待った。これいいな」「何が。また何か変な事考えてる」「そうだ。リングネームはアトム千里で行こう。決まりだ」「成田さんねー。また勝手に考えるんじゃないの。まっ。パールハーバーよりはいいか」

 千里とのトレーニングが日に日にハードになる。「千里。この前の試合のクロスカウンター覚えてる」「もちろんですよ。あの時は勝美さんの声が聞こえたと同時に体が反応した感じでした。何だか勝美さんそのものが乗り移って力も倍以上になった感じでした」「でも試合が始まらないとシンクロしないのも不思議だね。お陰であの状態での練習ができないのが残念だけど」「ただ私は勝美さんがいると思うと負ける気がしません」「よく言うわよ。見事にカウンターもらってダウンしたのは誰だっけ」「そう。あの時は勝美さんのストップがかかったのはわかったんですけど止められませんでした」「その辺だよねー。元々私と千里の身体能力の違いがあるからずれが生じるんだと思う。スピード。筋力アップするしかないね」「そうですね。でも勝美さんの現役時代の写真見たらとても女性の体つきじゃなかったですよ。あんまりあーはなりたくないって言うか」「あん。何だって」「なんでもありません。頑張ります」「とにかくスパーリングを増やしましょう。なんだかんだ言ってスパーリングに勝る練習はないからね。会長。遼がジムに来れるスケジュール聞いといて下さい。一番澤とタイプが似てますから。畳屋じゃもう話になりませんから」「OK。わかった。でも遼は毎日ジムに来てるぞ。あいつも千里ちゃんに負けず劣らず練習するからな」「大体いつも何時頃きてますか」「そうだな6時頃かな。6時から8時頃までいるよ」「そう。じゃー千里7時までにジムに来れる」「はい。調整して7時に来るようにします」「じゃー会長。遼に言っといて下さい。千里のスパーリングパートナーやるように」「了解」「それとは別に出稽古も組んで下さいよ」「わかってるよ」遼は身長170㎝体重50㎏。軽量級では背が高くリーチが長い。澤対策にはもってこいだ。出稽古以外は毎日遼とスパーリングを行った。「へー久しぶりに遼見たけど随分上手になりましたね。会長」「そうだろう。あいつも千里ちゃんと一緒で不器用だけどとにかく真面目で素直なんだよ」「やっぱりそれが一番ね。遼もこれから期待できるんじゃないですか」「そうだな。結構楽しみにしてるよ」「こら千里。もっと体降って。パンチもらいすぎだよ。遼ももっとガンガン行け」「澤。待ってろよ。絶対リベンジしてやる」これまでにないスパーリングラウンドをこなした。

 10月9日試合前日計量。千里はいつも通り48・99㎏リミット丁度で計量を終えた。

 「勝美さん。今日のお昼は中華にしましょうよ」「えっ。珍しいじゃん」「一度後楽園飯店に行って見たかったんです。いつも後楽園ホールに来て試合してるけど一回も行った事ないですから。実はここに来るといつも気になってたんです。フカヒレラーメン」「そう。じゃそうしよう」二人はフカヒレラーメンを頼んだ。「うわーでかい。一度食べたかったんですよ。うん。美味い」「本当。おいしいね。でもラーメンと言えばうちの成田のラーメンは美味いよ」「えっ。そうなんですか」「うん。あの人実はラーメン屋志望だったの」「まじですか。今度食べさせて下さい」「じゃー試合に勝ったら言っとく。そう言えば千里まだ成田にあった事ないんだっけ」「はい。写真しかないです」「じゃー今度紹介するよ」「ありがとうございます。紹介だけでなくラーメンもよろしくお願いします」「了解」

 いよいよ試合当日。千里と勝美は控室にいた。試合はセミファイナルだ。ファイナルは同じく東洋太平洋男子のタイトル戦だ。

 「千里。いよいよね。成田の話だと例の世界戦段々現実味を帯びてきてるみたい」「本当ですか。よし。絶対やってやる。でも相手の澤選手はこの事まだ知らないんですよね」「んー。成田の事だから試合を面白くする為に言ってるかもしれない。それにお互い知ってた方がフェアでしょう」「そうですね。お互いわかってて正々堂々とやりたいですね」「まっ。どちらにしても私たちはベストを尽くすだけ」「そうですね」「よっしゃ。そろそろ出番だぞ千里ちゃん。気合い入れてくぞ。今日も永ちゃんのラストシーンだ。イメージはわかってるなKO勝ちだ。それじゃレッツゴー」両者がリングに上がった。ここでアナウンサーが「今回の試合の勝者には現世界チャンピオンへの挑戦権が与えられます」場内がどよめいた。憎い成田の演出だ。アナウンサーが下がりレフリーが「両者中央へ」千里と澤が睨み合っている。「今回は負けないよ」「ふん。望むところだ」

 「カーン」ラウンド1。

 今回はタイトル戦なので10回戦だ。

 千里がジャブを出し距離を測る。澤は柔軟な体を最大限に生かすスタイルだ。右に左にかわしながら距離を詰めて行く。挨拶代わりの強烈な左を千里に食らわす。千里これをしっかりブロック。千里はしっかりとガードを固めるタイプだ。まさに剛と柔の戦いだ。「カーン」第1ラウンド終了。

 「どうだい。久しぶりの澤は」「いやー相変わらず捉えどころがない感じです」「とにかく序盤足を使わせよう。スタミナなら千里ちゃんが上だから左右のボディを徹底的に打って行け」「千里。今日は終盤に勝負をかけるよ」「本当に勝美が戦ってるみたいだな」

 「カーン」ラウンド2。

 千里は徹底的にボディを狙った。澤もそうやすやすとは食らわない。「カーン」第2ラウンド終了。

 「少しづつですけどタイミングがわかってきました」「そうか。ただまだじっくり行け。おまえは10ラウンドは経験ないんだからな。まだ2ラウンド終わっただけだ。とにかくもっと足を使わせろ」「そうね。その為に次のラウンドは少し強いパンチを打つよ。パンチのあるとこ見せれば食らいたくないからこれまで以上に足を使わざるおえなくなる」「よし。勝美の言う通りちょっと強いパンチ出して揺さぶろう」「はい」

 「カーン」ラウンド3。

 千里が飛び出した。いきなり強烈なワンツーだ。澤がガードごと飛ばされた。千里が詰める。澤が足を使って回り込む。強烈な右アッパー。返しの左フック。これも強烈だ。辛うじて澤が交わした。澤の顔色が明らかに変わった。一発でも食らえばKO必死のパンチだ。「カーン」第3ラウンド終了。

 「いいぞ。千里ちゃん。あちらさん。おまえのパンチに面食らってるぞ。この調子でプレッシャーかけてけ」「はい」

 「カーン」ラウンド4。

 千里は再びジャブを連打し距離を測る。いきなりノーモーションのストレートが千里を捉えた。「くっ。やっぱり速い」パンチ力はないがスピードはやはり澤の方が上だ。千里は左右のフック、ボディを使い澤に足を使わせる。「カーン」第4ラウンド終了。

 「さすがに速いな」「速いですね。あれに合わせてカウンター取るのは至難の技です」「んっ。今言ったの勝美か千里ちゃんか。何だか最近訳がわからん」

 「カーン」ラウンド5。

 澤が体を振って距離を詰めてきた。千里のジャブを交わす。スパン。左ボディ、返しの左アッパーが千里を捉える。千里も負けずに右ボディ。澤が足を使って回り込む。攻防が激しくなってきた。しかし未だ一進一退の互角の戦いだ。「カーン」第5ラウンド終了。

 「どうだ勝美」「会長。私千里です」「あーすまん。すまん」「千里。次のラウンドは又、徹底的にボディを狙おう」「はい」

 「カーン」ラウンド6。

 澤が一気に距離を詰めてきた。千里はガードを上げて迎え撃つ。澤の強烈な速いジャブが千里を捉える。左フック。右アッパー。澤の連打だ。「ちっきしょう駄目だ」バチン。千里のストレートに澤がカウンターで左フックをみまった。ダウン。「ワン、ツー、スリー」「おい。千里起きろ。起きろ。駄目だ。私の意識じゃ千里の体は動かせない」カウントが進む。「フォー、ファイブ」「起きろ千里。成田のラーメン食わせないぞ」ムク、ムクムク。「あれ。私ダウンした」「ダウンしたじゃない。早く起きろ」「シックス、セブン、エイト」千里はカウント8で立ち上がった。「千里。ガード固めて相手にくっつけ。くっついたら頭下げてクリンチ。とにかくこのラウンド持ち堪えて」「カーン」第6ラウンド終了。何とか千里は持ち堪えた。

 「大丈夫か。意識あるか」「大丈夫です。あー気持ち良かった」「何が気持ちいいだ。そりゃ意識が飛んだ証拠だ。あほ」「千里。いい。次のラウンド仕返しするよ。私の合図で右にウィービングして奴の顎に右ストレートぶちこむよ。いい」「合図って。それじゃ間に合わんだろう」「いいから会長はちょっと黙ってて。千里。もっとクレバーに行こう。相手の方がスピードあるんだから熱くなったら相手の思う壺よ。わかった」「はい。すいません」

 「カーン」ラウンド7。

 澤が来た。「千里。ガードの上から思いっきりストレート叩き込んで」ドスン。澤の突進が止まった。「千里。あんたの距離暫く保って打ち合って」澤の左足が一瞬前に動いた。「そこ」千里は右にウィービングし渾身のストレートを澤の顎にみまう。バチン。ダウン。「ワン、ツー、スリー、フォー」今度は澤がダウンだ。カウントが続く「フィブ、シックス、セブン、エイト、ナイン」澤がカウント9で何とか立ち上がった。残り30秒。千里が前に出る。今度は澤がクリンチだ。「カーン」千里捕らえきれず。第7ラウンド終了。

 「おいおい。勝美の言った通りになったな。どうやって合図送ったんだ」「会長。それは秘密。いい千里。澤は決めの左フックを打つ時ほんの一瞬左足が前に出る癖がある。見逃さないように。それと今日はあの子ここまであまり右のストレートを出してないからストレートをウィニングショットにするつもりだと思う。恐らく次のラウンドくらいから打ってくると思う。それをしっかり見定めて9ラウンド目にそいつに合わせてカウンターとって決めよう。ラストシーンはKO勝ちよ」「そうだ。行くぞ千里ちゃん」

 「カーン」ラウンド8。

 お互い前に出る。ジャブの応酬だ。バシン。澤の右ストレート。速い。又右。バシン。「くそっ。どこだ。どこかにタイミングを取れるポイントがあるはずだ」「千里。もっと体大きく左右に振ってみて」千里が体を振る。澤が左右をタイミングをずらして放つ。「くそっ。速い」澤尚も右。左。「あっこれだ」「カーン」第8ラウンド終了。

 「千里。わかった。私が合図したら左にダッキングして右のクロスカウンターを思いっきり叩き込んで」「勝美。また合図ってどうやって」「いいから会長黙ってて。千里。目をつぶってイメージして。そこ。ダッキングしながら右のクロスカウンター。どう感覚つかんだ」「はい。大丈夫です。合図お願いします」「よーし。このラウンド勝負よ」

 「カーン」ラウンド9。  

 両者中央でぶつかり合う。スピードがある分接近戦では澤が有利か。手数が多い。しかし千里も負けずに打ち返す。両者一歩も引かない。壮絶な打ち合いだ。「いまだ」澤のノーモーションの右ストレート。千里左にダッキングしながら右のクロスだ。バチン。決まった。澤ダウン。「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス」澤。ピクリとも動かない。レフリーカウントをストップ。手を振った。ノックアウトだ。千里の9ラウンド1分50秒のKO勝ちだ。しかし見事なクロスカウンター。まるで右ストレートが来るのがわかっていたようだ。それほど素晴らしい一撃だ。千里が澤に駆け寄る。「澤さん。ありがとうございました」「ふー。やられたわ。今日は完敗。世界戦がんばってよ。次やる時は世界戦だからね。必ず勝ってチャンピオンになって待っててよ。次は必ず私がリベンジするから」「はい。必ず勝ってチャンピオンベルト持って帰ってきます。そしたらリターンマッチやりましょう。今日はありがとうございました」

 「よーし。千里ちゃん。よくやった。凄いクロスだったぞ」「ありがとうございます。これも会長と勝美さんのお陰です」「何言ってんのあんたの反応がよかったのよ。それより行ってらっしゃい。チャンピオンベルトが待ってるよ」会長がチャンピオンベルトを掲げ千里の腰に巻いた。場内は千里コール以外何も聞こえないほどの大歓声だ。

 「さあ。いよいよ世界戦だ。今度は私のリベンジだ」勝美は強く心に誓った。「絶対に勝つ」

 この試合初めて千里の母親が観戦に来ていた。「千里。おめでとう。すごかったわよ」「ありがとうお母さん」「でもあのチビでいじめられっ子だったあんたがボクシングのチャンピオンだなんて信じられない。みんなびっくりするだろうね」「うん。そうだろうね。でも私には昔の友達はいないから関係ないよ」「でも職場の人たちには言うんでしょう」「そうだね。世界戦の日程が決まったらね」「おい。勝美。千里ちゃんと喋ってるべっぴんは誰だ」「あー会長。あれは千里のお母さんですよ」「すごいべっぴんじゃないか」「またエロ爺が」「あっこんにちは。会長の矢沢です」「あっ千里の母です。いつもお世話になります。又今日は勝たせて頂きありがとうございました」「いやいや千里ちゃんの日頃の努力の結果ですよ。私なんて何もしてませんよ。そんな事よりこれからみんなで千里ちゃんの祝勝会やるんですけどどうですかご一緒に」「えっいいんですか」「もちろんですよ。なっ勝美」「もちろんですよ」「それじゃお言葉に甘えて」

 「会長。変な事企んでるんじゃないでしょうね」「お前。何言ってんだ。でも俺一応独身だからね」「はあー。あんたいくつだ65超えてんだろう。千里のお母さんはまだ40だ」「恋愛に年の差なんて野暮な事言わないの勝美ちゃん」「うえー。気色悪い。エロジジイ」

 打ち上げはカラオケボックスだ。「YES 

 MY LOVE」「会長さん。本当に永ちゃんお好きなんですね」「そりゃー永ちゃんは60代の英雄ですからね。ところでお母さん。お名前はなんとおっしゃるんですか」「知恵です」「そうですか知恵さんですか。素敵な名だ。これからは知恵さんとお呼びしていいですか」「はい。もちろん結構ですよ」「それじゃー知恵さん。一緒にデュエットしませんか」「私。あんまり歌は得意じゃないんですよ」「大丈夫。僕に任せてください」「全く。エロ爺が何デレデレしてんだ。千里。何とか言ってやりなよ」「まーまー勝美さん。今日はおめでたい日ですから好きにさせましょう」

  

  

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