寿司は咲かない

mktbn

第1話 寿司は咲かない

 寿司は咲かぬか 咲かでも華よ

 寿司の先無し  おわりが吉と

 寿司に柵なく  遠慮は要らね

 寿司と酒なら  情けも多生

 サコに寿司あり 咲かでも華よ


 愛知県北東部、前尾張群、さこ。県央から国鉄と私鉄を乗り継ぎ、遠く木曽山脈を望む濃尾平野で揺られること二時間、辿り着く頃には誰の尻も根を上げるに違いない。観光、利便を謳うには到底及ばず、ただ空と田畑が広いばかりのこの町の、しかし決して小さからぬ誇り、それが小高い林に座する砂古神社の例祭であり、またそこで歌われる冒頭の里謡である。

 その二日目。位置を失うほど突き抜けた青空と生命の結晶を思わせる田の緑との間、動体全てを押し潰し照り返す陽光とさざめく虫による殺人的爆撃の中、一基の神輿とその前後を緩く固める人の列が、亡者のように幻のようにゆらりと進んでいく。

 二百人の参列者は老若男女全て町の住民であり、彼らは自分たちの地元のどこにこれだけの人数がいるのかと毎度首を傾げながらも、この日の再会を喜ぶ。見物人はむしろ疎らで、その殆どが足の悪げな老人というあたりこれもやはり町の住民らしい。彼らは神輿に手を合わせ、あるいは列の顔見知りに手を振りながら一団を見送る。

 七月の炎天下にあって殆ど集団自殺のような光景だが、幸いなことに始点の公民館から終点の神社までは一〇〇メートルと無く、よって列の最後尾が出発する頃には先頭は辿り着いてしまうが、ともかく急病人が出るという事はない。体調が悪くなるとすればむしろ、その臭いが問題だ。

 列の中央、豪奢な神輿の頂上では、十貫の寿司が燦々たる日光を浴びている。赤身トロ海老サーモン鯛穴子烏賊帆立軍艦玉子。これが瞬く間に傷み、臭う。海の無い町であるから当然地産の物ではなく、もはや何の縁起があって傷んだ寿司を奉納するのかすら曖昧だという。

 氏神もたまったものではないが、今年も神輿と寿司は無事に神社へと戻された。参列者の誰もが、神と同じ困惑を顔に浮かべていた。

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