ジョゼの店 第八章 思い出の剣(中編)

 店内は「英雄の剣」の話題で盛り上がっていた。


 毛むくじゃらの男はついさっき挑戦したようだった。

「くそ! 全くビクともしねぇ!」


 テーブルに戻ると仲間達が声を掛けた。

「お前の馬鹿力でも無理かぁ」とか「左右に力を入れてもビクともしない」など体験談を提供しあう。これを聞いて他の者が、また挑戦する。


 皆、楽しそうに飲み食いしながら、余興に茶々を入れ合った。


 ヴァグダッシュの思惑通りだったが、台座に置ききれない小銭は、直置じかおきから小皿、茶碗、そして今はどんぶりサイズだ。


 これは亭主の予想に反する出来事だった。

 後で返金しようと考え、誰が何回挑戦したかを記録している。


 ジョゼは既にそれに気付いていたが、ジョージは心配そうに眉を下げた。


「嗚呼、お金を巻き上げるのは良くありません。あの剣は絶対に抜けないのですから」

「以前、ペテンのヴァグダッシュと言っただろう」

 ジョゼが頬杖をつく。


「しかし、この儲けは長い目で見ても小銭。インチキだと分かれば信用を失い大損害です」

「あいつはそこまで馬鹿ではない」


 そう言ったタイミングを見計らったように、ヴァグダッシュが水とお手ふき、そしてメニュー表を持って現れた。


「どうぉ?  二人も挑戦しない?」

 その狐面きつねづらは楽しそうに勧める。

 物申したそうにするジョージに気を遣い、ジョゼは口を開いた。


「この茶番。いつ迄続ける気だ?」

「一週間ぐらいですぜ」

 即答するヴァグダッシュ。更にジョゼ。

「返金するのは大変だろう。だから我々は挑戦しないでおこう」

「あら。そこまで見破るとは、さすが旦那」

 やはり即答する。ここまでのやり取りを予想していた狐面は、目をより細めた。


「おお。ちゃんと返金なさるとは。やはりヴァグダッシュ殿は良い人だ。ペテン師ではないようですね」


「だから、ペテンなのだ」


 ピシャリと真顔で言い放つジョゼ。狐面は元騎士のあまりの純粋さに、にやけた表情が掻き消されそうだ。





「魔力が必要なのかも知れない!」

「そうだ! 腕力で無理なら魔法だ」

「俺の出番だなッ!!」

 最後に声を張り上げた大柄な坊主頭の筋肉、エダ・マサトシ。


 エセ魔法使いのエダはローブを派手に捲り上げる。無駄に美しい上腕二頭筋。その先端にあたる部分の手が剣の柄を握った。



「おぉぉおおぉぉッ! 魔法ぉおおッ!」



 ―――違う。何か違う―――


 その場にいた全員が、そう思っただろう。



 白けた空気の中、トボトボとテーブルに着くエダ・マサトシ。


 誰かが言った。

「ワリステンの姐御ならッ!」

 ジョゼとジョージを除く全員がカウンター席を見る。


 ベージュ色のローブを頭まですっぽりと被り、視線など気にもせずグラスを傾ける。スラリとした色白な美脚。尖った耳はフードで見えないが、この場にいる者は全員知っていた。


 彼女がハイエルフだという事を。



 ワリステンの隣で飲んでいたアンネクライス・ヴァーミリオンが視線に応えた。


「おめぇら。姐御がそんな茶番に付き合うはずねぇだろが。馬鹿共ぉ」


 相変わらず、ぶっきら棒な言葉使い。カラスのように艶のある長髪に黒づくめの服装。黙っていれば大層美人な事で有名な人物はそう言った。


 続いてワリステンもグラスを見つめながら答える。

「興味。……ないな」


 その言葉を聞いた元挑戦者達の残念そうな声が漏れる。

 一番大きな溜め息をついたのはエダだった。

「魔法が見れると思ったのに……」

 誰にも聞こえない小さな声で呟いていた。


 だが、その後アンネクライスは元挑戦者達に、ウィンクをして何か合図を送った。勿論、ワリステンに見えない角度である。




 グラスを見つめ続けるワリステン。


 視線の端に、香ばしい匂いと共に一品が通された。


「すいやせん。ご迷惑をお掛けしやした」

 そう言ったのは熊面くまづらのアターゴ・ウロヘイク。カウンター越しに通した料理は出来立てのキノコソテーだ。それを見つめるワリステンの瞳は輝いていた。それはもうエメラルドのように美しい瞳だ。


「アターゴ様。これは何と言う料理なのですか?」

 普段出さない上ずり気味の声色。いつも冷静で淡々と言葉を発する姿からは想像も出来ないほど可愛らしい。


 そう。ハイエルフ、ワリステン・グラナード・エンドルフィアは惚れているのだ。



 料理長アターゴ・ウロヘイクの『』に。



 このキノコソテーはまだ正式なメニューではなかった。エルフ族は肉、獣油、乳といった動物を材料にした食事はしない。ましてハイエルフという純血種のワリステンには猛毒だった。

 そこでアターゴはエルフでも美味しく安全に食べられる料理を日々、考案しているのだ。

 今回も、数種の木の実から抽出した油を使い、ハーブや香辛料、果実などで風味を豊かに。キノコは火を通し過ぎず、香りを引き立たせ絶妙の食感に。動物性の野趣溢れる旨味にも劣らない自信作となっている。


 可愛らしくキノコソテーを貪り食べるワリステン。黙って食べ終わるのを待つアターゴ。


 アッという間に完食し、静かにフォークとナイフを置いた。


「どうでしたか?」

 低く、ええ声で尋ねるアターゴに満面の笑みで応えるハイエルフ。ちなみに、彼女の溢れるような笑みを堪能出来るのは世界広しと言えども、この場所、この瞬間だけだ。


「満足して頂きありがとうごぜいやす」

 ペコリと大柄な熊は頭を下げた。


 店内はワイワイ、ギャーギャーと賑わっている。


「本当、すいやせん。あの剣が来てから毎日ドンチャン騒ぎで……」

「いえ、アターゴ様の料理を食する事が出来れば、私は他には何も望みません」


 何故か、頬を赤らめるワリステン。

 それに気付いたのか、アンネクライスが横槍を入れた。


「どうやらアターゴもあの剣が抜けなかったみたいだぜぇ」


 その言葉に耳を一瞬動かすハイエルフ。


 続けて口を開くアンネクライス。

「アターゴほどの料理人を負かすとは嫌な剣だよなぁ。なっ! 

 そうだろ! アターゴ!」


「えぇ、まぁ……」

 意味も分からず相槌を打つと、ワリステンが急に席を立った。



「ならば、この私がアターゴ様の無念を晴らしましょうッ!」


 大声で宣言した彼女は「英雄の剣」に向かう。


 店内を大歓声が襲った。


 カウンター越しに戸惑うアターゴ。

 元挑戦者達へ再びウィンクをするアンネクライス。

 爛々らんらんとした少年のような瞳のエダ。


 深い溜息をつくジョージ。


 そして、興味なさそうにメニュー表を眺めるジョゼがいた。





――更に茶番はつづく


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