ジョゼの店 第八章 思い出の剣(前編)
フォートレストは東西南北に居住区があり、それに囲われるように商業区が中心にある。アンナが経営する
それに比べてヴァグダッシュの酒場は細い路地に入り、更に何回か路地を縫うように進む。同じような小さな酒場や屋台がある区画にあった。
小さな木造りのボロ小屋の酒場。どの店も営業していない昼下がり。店の前に荷馬車が止まっていた。
「おーい。料理長。ちょっと運ぶのを手伝ってくれー」
店内に向かって叫んだのは、
「へーい。今行きやーす」
ドスの利いた野太い声。それに似合った熊のような大柄な男がエプロン姿で現れた。彼はアターゴ・ウロヘイク。昔ながらの職人を思わせる中年の風格であった。
彼は丁寧にエプロンをたたみ、ズボンのポケットに押し込んだ。そして、ヴァグダッシュが荷馬車から重そうに引きずる木箱に近付いた。幅は四人掛けのテーブルぐらいで、高さは小柄な娘程度。店の主ヴァグダッシュと店内に運ぶのだが、これが非常に重い。最終的に
「店長ぉ~。なんですかコレは?」
アターゴは当然の質問を投げかける。
「店内にインテリアを置きたくてさぁ。買っちゃった」
狐面は飄々と笑って答えるだけであった。
木箱を店の隅に置き、インテリアとやらの場所決めを入念にした。次に木箱を開封する。これも頑丈に固定されていて二人は苦労した。木箱が取り払われると、緩衝材の役割をする綿。これも取り除く。
そして木箱の中身が現れた。
岩石に突き立てられた剣。
剣は銀装飾が惜しみなく施されて、実戦用と変わらない大きさだ。黒々とした岩石の真上に突き刺さる剣の構図は確かに絵になる光景だった。
ヴァグダッシュはわざとらしく咳払いをする。
「では、料理長。この剣を引き抜いてみてくれないか」
「え?! なんでですか?」
てっきり、岩に剣が突き立っているオブジェだと思っていたアターゴが不安そうに聞き返す。
「この剣は絶対に抜けないんだよぉ。もし抜けたら英雄に成れる力が宿るという伝説があるぐらいなんだ」
ヴァグダッシュは自慢げに語りだす。
数百年前、各地で戦争が絶えなかった時代があった。その争いの呼び方は様々であるが百年戦争という言い回しが主流だろう。
その戦争は大陸全土を巻き込んだ争いで、実質は百年どころではない。その無残で残酷な戦争は突然終結した。なんの前触れもなく大陸全土の争いが終わったのだ。この奇跡のような話は伝説になり、各地で好き好きに都合の良い解釈がされた。
また百年戦争は完全な弱肉強食の時代だったともいえる。皆、力を求めた。精霊と契約する者、伝説級の武器や防具を探す者などが後を絶たない。
この岩に突き立てられた剣もその一つ。
「英雄の
もともとは小さな集落にあった。百年戦争の時代は剣を抜いて、強大な力を得ようとする若者が大勢いたそうだ。集落の若者達は百年戦争で一旗揚げようと
結局のところ、今でも剣は抜けず百年戦争は終わってしまった。平和になった現在、なんの価値もない「英雄の剣」は集落の財源として売り飛ばされた。
本当に英雄的な力を得られるから分からない代物に売値はどんどん下落し、小さな酒場の亭主のポケットマネーで買える価格にまで落ちたそうだ。
アターゴは亭主の話を聞けば聞くほど不安になった。
もし、もしだ。
俺の馬鹿力で抜いてしまったら……。
どう考えても詐欺まがいの品だ。
抜けたとして英雄のような力なんて手に入らないのでは……。
そんなアターゴの心境をよそにヴァグダッシュは抜いてみろと上機嫌だ。
「は、はい。やってみます……ね」
ゆっくりと柄を握るアターゴ。演技しよう! 軽く引っ張れば大丈夫。
かる~く、かる~く。
「ふのぉおおぉおッ! いぎぃぎぎぃぃッ!」
抜く時に使う筋肉とは関係ない部分に力を込める。壊してしまったら大変だ。そんな冷や汗が体中から吹き出た。
結局、アターゴの演技が上手くいったのか、それとも本当に抜けない代物なのか分からないまま茶番は終わった。
ヴァグダッシュは尚も上機嫌で浮かれている。
「な? な? 凄いでしょ~。これ常連客とかにも、やってもらって噂を広めて、これ目当てに来る客が増えれば売り上げも伸びるよ~」
「え? お客様にも?」
アターゴは複雑な心境だが、抜けてしまった場合は……。
まぁ、いいか……。
この催しは意外と盛況で、剣も抜ける事なく連日誰かしら挑戦していた。
抜いた者には賞金を! という客からの提案で、挑戦する時にビール一杯分程度の金額を台座の上に置き、抜いた者がそれをすべて貰える事にした。
そんなお祭り騒ぎとは無関係に、ジョゼとジョージが来店する。
「いらっしゃ~い。ジョゼの旦那に護衛団のジョージさん」
ヴァグダッシュはいつもの営業スマイルで出迎えた。
ちらりと例のオブジェに目をやる二人。それに気付いた亭主は自慢げに「英雄の剣」について話そうとした。
しかし、それを遮ってジョゼは言葉を放つ。
「席に案内してくれ」
そう言いながらも、いつもの指定席にすたすたと向かっていく。
ヴァグダッシュはしぶしぶと言葉を切り上げて、水とおしぼりを用意しにカウンターへと足を向けた。
「懐かしい物がありますね」
席に着くなり、ジョージが独り言のように呟いた。
――つづく
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