ジョゼの店 第七章 楽譜と陰謀(後編)

 ヴァグダッシュの酒場に着いた時にはすっかりと陽は落ち、綺麗な星空が見えた。


 風もなく、雲もなく、満月が山の麓から顔を覗かせている。街を照らす明かりが周囲の木々の姿を薄っすら映し出す。飲み屋が多い地域は賑わい始めていた。


 おもむきのある古木戸の扉を開けるジョゼ。それに続くセロは開店直後と言うのに繁盛している光景をの当たりにする。


 小さな飲み屋なので二十人入れば満席といった具合だ。外にも席は設けてある。狭い道の隅に立ち飲み出来るスペースを合わせれば最大許容人数は三十人ぐらいであろう。


 今日はフルコースを食べると約束したので、店内の席が予約席として確保してあった。ご丁寧に机を挟んで二人づつ座れる四人席である。


 一番奥の席。そこはジョゼ達がいつも使用する場所だ。前回、座席を使った時はジョゼとセロ、エダにジョージの四人。あの時は近隣の森へ出向き、希少な薬草を採取する依頼だった。結局のところジョゼにとって、一番大きな収穫だったのはオーク肉であろう。その肉を調理する為にヴァグダッシュの酒場に寄ったのが最後だった。


「ジョゼ様? 三人分のフルコースって言ってましたが、あと一人は誰なんですか?」


 店内も当然狭いので、椅子と椅子を縫うように奥へ進む。


「すぐにわかる。ん? どうやら追加でもう一人だ。四人席で助かった」

 ジョゼはそう言うとセロを先に席へ着かせ、カウンター席に居る女に声を掛けた。


 女は真っ黒なローブを纏い、黒真珠のイヤリングから靴まで黒一色。長身に痩せ型でカラスのように光沢のある長髪。喪服と表現出来る雰囲気は当然の事で、彼女は墓地の管理人兼葬儀屋なのだ。死人顔負けの白い肌に鋭い切れ目。和今わこんの女亭主アンナ・ヴァーミリオンと同じ年とは思わせない大人の顔を見せる。ちなみに25才だ。


「この前は蝋人形が世話になったな。アンネクライス・ヴァーミリオン」


 顔を向けず、横目でジョゼの姿を確認する。不適な笑みを見せてから答えた。

「あたしゃ、やる事をやっただけさね。貰うもんも、しっかり貰っちゃったしさ」


 外見に似合わない、砕けた口調。双子の妹アンナとは何から何まで正反対なのである。共通してしまっている点があるとすれば、想い人が同じという不幸だろうか。


「それよりさ、ジョゼ。あの少年は蝋人形だったのかいな? 詳しく聞かせておくれよ」


「よろしい。すべからく、事の顚末を披露しましょう。代わりに私も聞きたい事がある」


「よっしゃ! 交換条件成立」

 ワイングラスを傾け喉を鳴らした。


「蝋人形の顛末だけでは交換条件にならないので、フルコースもご馳走させてもらおう。奥の席を取ってある。話は食事でもしながら……どうかね?」


「気前がいいじゃねーか。大好きだぜジョゼ」

 彼女は飄々とした笑顔を向けた。


 黙っていればアンナと違う毛色で大層美人だ。彼女は葬儀しごとの時は口を殆ど開かない。必要な単語を発するのみにとどめている。葬儀中に不謹慎ながらも彼女に惚れる男達が後を絶たないのだ。勘違いがどれほど恐ろしいかは、また別のお話でするとしよう。




 奥の席には既にセロが居た。アンネクライスは非常に残念な顔を露骨に出した。妹のアンナと同じ点がもう一つあったようだ。感情が顔に出やすい。


 対しセロは、ぱちくりと大きな猫目で返すだけであった。すぐに店の亭主が現れ注文の確認をする。無論フルコースなのだが、ジョゼは後一人来るので用意するように促した。亭主は「ありがてぇありがてぇ」と揉み手をしながら厨房に姿を消すのであった。


 三人の会話は盛り上がりをみせる。

 役割を言えば、淡々と話すジョゼ。それに付け加えるセロ。蝋人形の捜索を依頼したロイド・ジェスセス・バーンズがジョゼの帰りを待っている間にどんな話をセロにしたのか等を補足した。

 アンネクライスは二人の話を興味津々に聞いている。時には「おう、なるほどな」時には「んだよ、そうゆう事かよ」等の感情がこもる言葉を発していた。


 話の進行に合わせるように、ヴァグダッシュ自慢のフルコースが出てくる。

 まずは前菜。小皿に色彩の薄い部分を使ったサラダ。味付けも薄く繊細な味。瑞々しく癖の少ない食材の味を引き立てていた。


 更に違う前菜が現れる。

 今度は色の濃い野菜で盛り付けられたサラダ。酸味のあるドレッシングが、やや癖のある緑黄色野菜にしっかり馴染んでいて美味しい。


 次に出されるスープはさっきまで口の中を支配していた酸味を洗い流す深みのある味わいであった。具材も大きく実に食べ応えがある。


 蝋人形の話が大体終わり、魚介のメイン料理が運ばれてきた。

 大人の掌サイズの二枚貝だ。開いた二枚貝はちょうど両手を広げた大きさであろう。セロの小顔なんかはスッポリ隠れてしまう程だ。ナイフとフォークを使い貝の中身を切り分けながら、ジョゼは話題を変えた。


「さて、私もアンネクライスに聞きたい事がありましてね。そろそろ宜しいかな?」


「んぁ。そんな事、言ってたなぁ。ああ、いいぜ。何でも聞いてくれ」

 大口でフォークに突き刺した貝にかぶりつく。


「最近、葬儀しごとをしたと思うのだが、フォーレル夫妻とそのメイドについてだ。覚えているはずだ」


 セロは貝の身が上手く切れずカチャカチャと鳴らし食事に集中している。


 アンネクライスは品の良い笑いをしたかと思うと、食器の動きを止めた。彼女の仕事モードにスイッチが入ったに違いない。


 今までの品性の欠片もない言葉使いではなく、緩やかな口調でゆっくり話した。


「えぇ、隅々まで鮮明に」


「結構。では、死因は?」


「フォーレル・アドリアーノ。書類上60才。男性。胸部を至近距離からの銃撃。使用された弾丸は毒が内包された暗殺用の特殊弾。銃創付近の火傷から推測すると消音装置が装備された銃。死因は毒殺。銃創は非常に小さく内部を破壊する弾丸ではない。毒は猛毒で身体に入り数十秒で死亡」


 アンネクライスは無表情に語る。視線も貝の乗った皿を凝視していた。


「次にフォーレル・サーサラ。書類上58才。女性。同じく至近距離からの銃撃。アドリアーノと同じ特殊弾にて死亡。相違点は背中から銃撃されている事。次にシャルロット・ケール。書類上44才。女性。こめかみに至近距離からの銃撃。銃創は利き手とは逆の為、自殺の可能性は低い。同じく特殊弾を使用」


「よろしい。ありがとう。遺体の話は終わりだ」


 ジョゼがそう言うと彼女は表情豊かに戻り、食事も再開した。勿論、話し方も元通りだ。


「誰がどう考えたって犯人は同じ奴さ。呪い? ばっかじゃねーの」


「なんだ。その噂はもう耳に届いていたか」


「んあぁ、エダ・マサトシから聞いたんだ。あいつが、どんなんだったか聞きたいだろ?」

 アンネクライスはちょっと困った顔をしながら最後の一切れを口に含んだ。


「それには及ばない。そろそろ来る頃合だ。ふむ。来たようだ」

 視線を出入り口に向けるジョゼ。それに釣られてアンネクライス。黙々と貝と格闘中のセロの視線は言うまでもない。


 二人の視界には巨漢の男、エダ・マサトシがいた。


 黒いローブを纏う風貌は、自称魔法使いと名乗るだけの事はある。もし、魔法使いとして不似合いな部分を挙げるのならば、ローブから見え隠れする鋼のような筋肉と海坊主を連想させる髪型だ。とんがり帽子は被らない主義で、彼曰く戦闘に邪魔だそうだ。


 エダもジョゼ達を探していたようで、すぐに視線が交差した。


 彼はニヤニヤしながら席に寄ってくると開口一番にこう言った。


「白だ。シュタイナーは犯人じゃないな」


「そうか」と短くジョゼは答える。


 今度はセロを見つめ大真面目な顔でエダは言った。


「嬢ちゃんも白だ」


 何を言っているのかサッパリ分からないといった様子のセロ。アンネクライスも訝しげに首を傾げた。ジョゼだけが眉間に皺を寄せ瞼を閉じる。


「え? え? どーゆー事ですか? ジョゼ様?」


 それに答えたのはエダだった。ひどく、ええ声で発音する。


「嬢ちゃんの下着の色だ」


 一瞬の沈黙の後にセロの怒声が走った。


「のぉお~ッ! ば、馬鹿じゃないのッ?! ホントッ! 馬鹿じゃないのッ?! 館の床下で何やってんのッ? 馬鹿じゃないのッ?!」


 スカートに手を押し当て赤面する。


「なーるほど。シュタイナーの下着も白って事か?」

 理解できましたーっと言わんばかりのドヤ顔でアンネクライスは手を打った。


 冷静な口調でジョゼはその場を仕切る。


「アンネクライス。話がいささか複雑になるので、しばし沈黙するように。セロは気にするな。減るものではなかろう。それにあいつの発言は、はったりの可能性が高い。そして、エダ。犯人の目星は付いているのであろうな?」


 ぶっきら棒な表情をするアンネクライスの隣席に、エダは大袈裟に腰を下ろした。


 腕を組みジョゼを鋭い眼光で見た。

「フォーレル夫妻は『赤い刻印』のスパイだったんだよ。きっとそれがバレて殺された。だが、手がかりを残してくれた。それが、例の楽譜だ」


「『赤い刻印』か……。だが、あの組織はほとんど機能はしていないだろう。構成員も僅かのはずだ。殺しをする余裕はないし、メリットもない。細々と儲けの少ない裏商売をしているに過ぎない」


 エダは体勢を保ちつつ、表情も変えないまま答える。


「ここ数ヶ月で随分変わったようだ。まず、トップが入れ替わった。ロッソと呼ばれる男らしい。そいつが現れ、資金や情報を提供した。更に暗殺のプロも手配した」


「なるほどな。『赤い刻印』にロッソとは洒落ている……」


 ジョゼは片手を上げ、ヴァグダッシュを呼んだ。エダにもフルコースを出す事を頼む。エダは机の食器を確認すると、亭主に皆が食べたフルコースをまとめて持って来るように頼んだ。まとめて食べる気なのだ。


 渋々亭主が帰ったのを見届けてからジョゼは話を戻した。


「ロッソか……どこにでもいる名前のようだが、エダはあいつだと思うか?」


「ヨーゼフとアリステラを苦しめた魔法使いの事だな……ありえる話だ」




「なぁなぁ、そこの丸めた紙束が噂の楽譜かい?」

 雑なしゃべり方で黒髪の美女はそれを指差した。ジョゼが二つ返事で答えると見せて欲しいとせがんだ。


「おい、なんで楽譜が増えてんだよ」

 和今わこんのやり取りを知らないエダは目を丸くした。和今わこんでの事情を説明するとアンネクライスはケラケラと笑う。


「昔からアンナはズレてッからよー。これが儲かるわけねーじゃん」


「そういやジョゼ。楽譜の暗号は解読できたのか?」

 エダは思い出したとばかりの表情で聞いた。


「当然だ。譜面を読んだ瞬間に解読は完了していたさ」

「で、どんな内容なんだ?」


 三人がジョゼに注目する。


「ふむ。この譜面を最上段からモールス信号で読めば良いだけだ。簡単な仕掛けだが音楽だけで情報を渡す事が出来るのだから、譜面に起こす事は禁止されていたと考えられるな」


 更にジョゼは続けた。

「この譜面に隠された言葉は―――『コスターニャ王国の第一皇女とベルガモフ帝国の第一王子の誘拐に成功。これで両国をフォートレストへ宣戦布告させる手配が出来た。フォートレストは本当に終わりだ。今度こそ、水の精霊は私のモノになる』―――だ、そうだ」



「宣戦布告……」

 セロのか細い声が机の上を通った。



「あたしゃ、ごめんだよ。あんな葬儀しごとで忙しくなるなんて、まっぴらごめんだね!」

 怒りに満ちた顔で、誰を見るわけでもなく咆えた。


「安心しなさいアンネクライス・ヴァーミリオン」

 ジョゼがはっきりと言い放つと、エダが重々しく口を開いた。


「策はあんのかよ」


「無論、あるに決まっている。私を誰だと思っているのだ」


 そう言って、優しくセロの頭を撫でた。


 セロはきょとんとジョゼを見上げる。彼女の視界にはいつも通りの自信に満ち溢れた笑みが伺えた。




(今回も大丈夫だ。何も問題はなさそう)


 彼女の心に浮かんだ言葉はよく当たるのだ。








―――余談――― 


「いやー、喰った喰った。魔法を使ったあとはハラが減るからな」

 無駄に大柄な男はバンバンと腹を叩いた。


「一体、どこで、どんな魔法を使ったんですか?」

 怪しいと疑った目付きでセロはエダを睨んだ。


「んまぁ、アレだ! シュタイナーに楽譜を持って行った時だ。そのまま館に潜伏したかったんで、応接室の床下に隠れる事にしたわけよ」


「知ってます。気付いてました。覗かないで下さいッ!」


 エダはゲラゲラと下品な笑いをした。


「それで、どこで魔法を使ったんですッ?!」

「通り抜けの魔法だよ。そう! 通り抜け! 床板を引っぺがす魔法!」


 サムズアップをする筋肉を無視し、セロはジョゼに小声で耳打ちをする。



「ところで、四人分のフルコースの代金どうするんですか?」


 ジョゼは煙草を取り出しながら、拍子抜けした顔をした。

「セロ……お前は何を言っているんだ」


「何って。手持ちじゃ、全然足りませんよ」

 丸い形をした、がま口財布を両手で胸元へ引き寄せる。


 煙草に火を点け、咥えたまま答えた。


「シュタイナーに依頼料を請求したのは、お前じゃないか。ヴァグダッシュにはシュタイナー宛に請求書を送って貰えばよかろう」





 明後日みょうごにち、西部住宅区画で一番大きい建物には古びた酒場からの請求書が届くのであった。




――ジョゼの店 第七章 楽譜と陰謀 完

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