ジョゼの店 第四章 セロの日常と狼

 私がジョゼ様と出会ったのは十年以上前だと思う。


 当時、幼い私は行き倒れ寸前で…つまり死にかけていたと思います。私は知らないけどジョゼ様の話ではコスターニャ王国とベルガモフ帝国の戦争に巻き込まれたって言ってました。私が思い出せる記憶はここが限界です。


 戦争なんて大人が勝手にしでかすとジョゼ様は言っていました。まだ小さな子供だった私には何も出来ませんでした。


「う~ん、なんて書こうかなぁ」

 私は椅子を斜めに傾け考え込む。通称「ジョゼの店」の留守番をしていたのだが暇という一文字が、しっくりくる一日。机に置いてある、ほぼ白紙の本をめっくてみる。


「ジョゼ様がくれた魔法の本。昔の記憶。それを自分の力で思い出して書けば願い事が叶うって言ってたけど本当かなぁ?」


 眉間に皺を寄せる。でもエダさんが泣きながら譲ってくれ…ってせがんでたし本当なんだろうなぁ。エセ魔法使いの顔を思い浮かべた。


 玄関を開ける音が聞こえた。同時に扉の鈴が鳴る。入って来たのは主のジョゼ様で、真っ直ぐ私に向かって来るのが見えました。


「ただいま。ん? 何を書いているんだ」

「あ、おかえりなさいジョゼ様」

 私は慌てて本を閉じた。別に見られてもいいんですが、今日の朝に貰って早速書き始めているのは少し恥ずかしいのです。


 ジョゼ様は私の頭を撫でてから尋ねた。

「まぁいい。 何か依頼はあったか?」

「狼男さんの……どぅヴぁ……じゅぅ~ゲさんが来ましたよ」

「ジュヴァドゥーゲな」

「 のぉ~ッ!  呼び辛いんですよーッ!」

 なんて呼びにくい名前なの。なんかこう、そんな感じの発音って事しか覚えてない。 


「それで、何用だったんだ」

「さぁ? 世間話をして帰られましたよ」

「そうか。ならば良し」


 ピシャリと言い放つと本棚から厚みのある本を取り出し、立ったまま広げた。私は首を傾げるが、気にせず執筆に姿勢を向ける事にした。ただし、書く内容が思い出せるまで本は開かない方針だ。腕組をして天井を見上げた。


 数分経つとジョゼ様は急に本を戻し玄関に移動する。

「うむ。ちょっと出てくる」

 そのまま店を出る主に「いってらっしゃいませ~」と伸びをしながら見送った。


「そうだ、この街でジョゼ様の次に仲良くなったのは狼さんだったんだっ!」

 私は机に向き直し、本を開け勢い良く筆を走らせた。


―――


 大きな大きな狼さん。私の体力も一年掛けて戻り、ジョゼ様にお礼がしたかった。だからジョゼ様の為に料理を振舞う事にした。材料を集めに森の方に出掛ける。勿論、森の奥には行かずに入り口で木の実を採る事にした。


 ジョゼ様から作り方を教わったお菓子。「様々な木の実すり潰し焼き」略して「様実焼」を作ろうと思ったんだ。時期によって木の実が違うし、実の種類の配分によって味は変化する。蜂蜜をたっぷり塗って、こんがりと焼くのがコツだ。

 そう。そんな事を考えながら木の実を探していたら、大きな丸い毛玉を発見した。近くまで行って初めてそれが狼が丸まってるだけだと気が付いた。私の背丈よりも遥かに大きい狼。ぐっすり寝ている。ゆっくりと離れよう。そう考えてからゆっくり踵を返した。


「なんだ、帰っちゃうのかい?」

 振り返ると狼の目がパッチリと開き、丸まったまま問い掛ける。私は声も出せず怯えていると、狼はゆっくり目を閉じ「お前さん、ジョゼ坊やと同じ臭いがするね」と言った。


「じょ、ジョゼ様を知ってるんですかッ?」

「知ってるよぉ。あんな良い雄はなかなか居ないね」

 目を瞑りながら大きな口元を上げ続けた。


「暇潰しに話相手になっておくれよ。ジョゼ坊やが、なかなか来なくて退屈してるんだよ」

「ジョゼ様もここに来るんですか? なら安心ですっ」

 私は大きな狼の隣りに座り込んだ。


「お前さん警戒心足りなくないかい?」

 狼は目を閉じたまま言ったが私は笑顔で返した。


「ジョゼ様のお知り合いなら警戒心なんていりません」

「ジョゼ坊やもやるねぇ。こんな純真な娘なかなかおらんて」


 牙が丸見えになる程の大口を開けて笑い返した。


―――


 そういえば狼さんの名前、思い出せないなぁ。執筆から我に返る。今日はここまでと本を閉じ、夕飯の支度を始めた。


「ジョゼ様に後で聞いてみよーっと」


 その台詞を窓越しからひっそりと見聞きしていたのはジョゼとジュヴァドゥーゲだ。

「なかなか思い出さないねセロちゃん」


 狼男が小声で言うと誇らしげにジョゼは耳打ちする。

「はっきり言っておくぞ。セロの忘却能力は大したもんだぞ」


 ジュヴァドゥーゲの姿は何処から見ても人間の容姿だ。そんな彼は壁に背中を任せ不安そうに言った。

「ジョゼさん勘弁して下さいよ。セロちゃんがばあちゃんの名前を思い出さないと俺の呪いが解けないんスよー」


「話を聞く限りジュヴァドゥーゲが悪い。自業自得だな」

 呆れ顔でジョゼも壁に背中を預けた。


「ちょっとつまみ食いしただけッス」


「きっとジュヴァドゥーゲのばあさんもすぐにセロが思い出すと踏んだんだろうが…甘かったな。このまま人間の姿で生きて行くが良いさ」


「そんなぁ、それは勘弁ッスよー。月に遠吠えしたいッス」

 涙目のジュヴァドゥーゲは空を見上げた。


「しかしな。セロが自力で思い出すのは至難の技だ。気長に待つしかあるまいな」

 口元だけ笑って見せた。対照的にジュヴァドゥーゲは深い溜め息をついた。


「やっぱ無理ゲーすよ。ベナンジュリューニスハー・ミカエリュニストなんてセロちゃんが思い出せるはずない……ッス」




――ジョゼの店 第四章 セロの日常と狼 完

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