ジョゼの店 第三章 巨漢の男 

 フォートレストの南西に森がある。


 最深部は昼間でも光が届かない広大な植物群。一歩踏み入れば途端に空気は冷え、辺りは薄暗くなる。空を遮る樹々は湿り気を帯び、菌類が繁殖しつたが枝から垂れ下がっている。草むらの奥からは気味の悪い唸り声とも鳴き声ともつかない何かが聞こえてくる。一見して動く物を捉えられないその場所は怪しげな生命の気配で満ちていた。


 うっすらと霧立ちこめるその森の中程、少し拓けた湿地にジョゼ達はいた。大勢の骸骨戦士に囲まれている。


 ジョゼ御一行のメンバーは……。


 中心に構える我らがジョゼなんとかかんとか。

 右翼前線に立つ、老けないイケメンせいジョージ。

 隣に立つ、巨漢の魔法使いエダ・マサトシ。

 後方担当のセロ・ゼッシュリスター。


 ジョゼは面倒くさそうに突っ立って独り言を口にする。

「夕飯はオークのモツ煮込みがいいか……いや、から揚げも捨てがたい」

「ジョゼ様ッ! 前ッ! 前ぇッ!」

 その後ろから少女セロが騒ぎ立てる。


 一斉に突進してくる骸骨戦士の数は十体を超えていた。鉄球や鎖を振り回し、大小の剣や斧を今にも振り下ろそうとする骸骨達を、ジョージの剣がひと薙ぎする。それでほとんどの骸骨戦士がボロボロに崩れ去った。残りの敵は黒いローブを纏った巨漢の男に殴り倒され、骸骨集団は全滅する。


 ひと仕事の後呼吸を整える二人の功労者の前で、ジョゼは「やはり、モツ煮込みにしよう」と手を打ち清々しい笑顔で言った。






―――酒場ヴァグダッシュ―――


 夕闇がゆっくりと降りて、街灯がぽつぽつとともり始める頃。大通りから少し入った薄暗い路地の一角に、賑やかしい明かりが漏れこぼれている。


 小汚い小さなボロ小屋。とまでは言わないがそう表現しても良いだろう。古木戸の窓から中を覗けば、思い思いに酒や肴を手にした青年から老年まで様々な男女が歌い踊り、あるいは肩を組んで騒いでいる。人間ではない者も座り、あーでもない、こーでもないと賑わっていた。


 この街は色々な人種がいる。大抵は似た人種が集うものだが、この酒場は例外である。カウンターに突っ伏して高いびきをあげる毛むくじゃらの大男。横でカクテルグラスを傾ける美女も、片隅で静かに語らいながら晩酌し合う尖った耳の老齢の夫婦も、皆一様にこの酒場に酔っていた。


 そんな人々の合間を縫うがごとく、見事にすり抜ける小柄な狐面きつねづら。彼は人懐っこい笑みを浮かべ、料理や酒を巧みに運んだ。この酒場のあるじ、ヴァグダッシュである。


 その酒場の一席にジョゼ達は陣取っていた。大ジョッキよりも大きいジョッキでワインを飲む巨漢が言った。

「くへーッ! うめーッ! 魔力を使った後はこれに限るぜ!」


「魔法使いませんでしたけどね、一回も」

 豚を見るような目でセロが口走る。咳払いをしてジョージが話を切り出した。


「それにしてもジョゼ殿が採取の依頼も受けているとは。さすがですね」

「今回は戦力となるメンバーがいたからな」


 ジョゼはそれに答えエダを見る。視線に応え大男は冗談混じりの口調で話を広げた。

「久しぶりにフォートレストに寄ってみたら、ジョゼがロリコンに目覚めててビックリしたぜ」

 非常に大袈裟な身振り手振りで語るエダ・マサトシ。


「ジョージ様の剣さばき、素敵でしたわぁ。本当にお強いです」

 ガン無視を決め込んだセロ・ゼッシュリスター。二人は視線を合わせ睨みあった。


 その視線の間を軽食を載せたお盆が通過する。

「ヘイッ。お待たせジョゼの旦那ぁ」

「ヴァグダッシュ。オークのモツ煮込みはまだか」

 瞳を見開いて狐顔の男に尋ねた。


「あと四、五分ほどで出来やすよ~」

 緩んだ笑顔を更に緩め狐男は言ったがセロはすかさず言い返した。


「さっきも四、五分って言ってましたよ」

「セロ。焦るな。美味いものを食するには時に忍耐も必要だ」

 瞳を見開いたままのジョゼがプルプルしている。


「ジョゼ殿は昔から料理には目がなかったのですか?」

 ジョージがエダに尋ねた。


「ん? あぁ。たしかに珍味には目がないな。昔は原始豚や白夜蝙蝠の肉を求めてミューゼフ山脈まで行ったもんだよ」

 エダはくすんだ天井に目をやり、懐かしげに話し出した。


「あの頃はジョゼが十六……十八才だったかな。俺の魔法に惹かれて、弟子入りしてた時期…」

「ホラ吹くなクソマッチョ。お前が究極珍味の依頼をしてきたから受けただけだろうが」

「そぉだ! 旦那ぁ、昔みたいにミューゼフ山脈で採取してきてよぉ。依頼料はずむからさぁ」

 厨房に戻らずヴァグダッシュが会話に入ってきた。


「嫌だ。原始豚や白夜蝙蝠の味は私には合わない。やはりオークのようなジャンクな味が……モツ煮込みはまだか」

 ジョゼは厨房にヴァグダッシュを押し込むため席を立ち、二人で厨房の方へ行ってしまった。そんな二人の背中を見送りながらジョージは思った事を口にした。



「私の記憶が確かならば、原始豚もかなり大雑把な味でしたが……」

 そのまま顎を押さえ考え込んだ。


「さすが長生きしてんなぁ。原始豚はジョゼの好物だぜ」

 エダはそう言うと大口でよくわからない肉を頬張る。


「でも、さっきジョゼ様は口に合わないって……」

 セロが二人の顔を見る。


「そーだぁなー。お嬢ちゃんとイケメンには教えてやるか……」

 エダは口の中のモノをワインで流し込んだ。


「ジョゼは魔法使いの卵だったんだよ。昔、有名な大魔道士がフォートレストにいてな。まぁ、その方も名前を変えて隠れ住んでいたわけよ」


「ジョゼ様、魔法なんて使った事ありませんよ」

 セロが口を挟む。


「まぁ、ねーだろーよ。その大魔道士に弟子入りってよりも育てられてただけだからな」

 また大量のワインを流し込み語りだす。


「そんで、ある日その方はある国に見つかっちまった。当時はなんとか王国とベルなんとか帝国っつーのが戦争をやっててな」


「百年戦争ですね。私も傭兵として参加した事があります」

「あぁあぁそれそれ。その戦争で、その方は命と引き換えに戦争を終わらせた。歴史には残ってない話だ」


「ジョゼ様の過去話は興味ありますが、食の好みの話とどういう関係があるんですか?」

 大人しく聞いていたセロがまた口を挟んだ。


「ミューゼフ山脈までは往復一ヶ月はかかる。しかも厳しい旅だ。お嬢ちゃんを連れては難しい」

 ワインを透してセロを見ながらエダは言った。


「かと言ってセロ嬢を独り残して、行くわけにもいかない。ですか」

マッチョとイケメンの見解が出る。


「え?」

 セロだけが目を丸くしていた。


「まぁそーゆー事だから、お嬢ちゃん。あんま無茶すんなよな」


 ぐびっと喉を鳴らしてジョッキを空にすると、厨房からジョゼが帰ってきた。手には大皿いっぱいの肉が今にもこぼれそうだ。満面の笑みはこぼれていた。


「いやぁ~久し振りだな~。美味しそうだなぁ、美味しいんだろうなぁ」

そう繰り返しジョゼはオークの肉を喰らう。



 むさぼり食べるジョゼを見ながら少女は思った。ここフォートレストにはみんな色々な過去がある。だけど私はジョゼ様の過去を……私を救ってくれた理由も、知らないのだと。




――ジョゼの店 第三章 巨漢の男 完


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